誰もが考え、誰もが問いを持っている
永井さんがずっと続けているという「哲学対話」についても聞いてみたい。問いを出し対話を重ねて考えを深める営みで、小学校で子どもを相手にすることもあれば、企業に招かれて話すこともある。
日本の企業が哲学者を招いて対話する時間をもうけていること自体が意外だった。
「『誰もが考え、誰もが問いを持っている』と私は思っていて、哲学をできる人とできない人がいるわけではない。それなのに自分が考えていることは話しても仕方ないとか面白くないと、なぜ思わせられているんだろう。そのことをずっと問題意識として持っていて、もっと話せる場を作らないといけないと、活動の軸として続けてきたのが『哲学対話』です。
もちろん、『Googleが哲学者を雇っているらしいから』みたいな、バリバリ、ビジネスの文脈で呼ばれて、お互い『なんか違いますね』ってなったこともあります(笑い)。出会い損ねる経験は偶然性が面白いので、そういうのはまたすぐ書いちゃいますけど」
哲学は「よく聞く」ことでもあるという。「哲学対話」を2時間やるとしたら、永井さんは、その場に来た人がどんなことを不思議だと考え、モヤモヤしているかを聞き取る「問い出し」に1時間かけるそうだ。
「十数年、『哲学対話』の活動をしていて、『問い』がぜんぜんかぶらないんですよ! これって驚異的だと私は思うんですけど、すごいことですよね」
面白かった問いのひとつとして永井さんが例に挙げたのが、「なぜいい日記を書きたいと思ってしまうのか」だった。毎日、日記をつけている人から出た問いで、誰にも見せない自分だけの記録のはずなのに、いい日記を書きたいと思ってしまうのはなぜなのか、モヤモヤしてしまうという。
「いい日記って何だろうとか、日記に嘘を書いてもいいんですかとか、どんどん話が広がって。みんなで1回潜って世界をよく見ようとすると、世界は急に面白い形に見えてきたりするんです」
働く場所での「哲学対話」だと、ふだんまじめな部長が急に変なことを言い出して、「部長、そんなこと考えてたんですか」とみんなが笑い出すようなこともあり、のびのびしたそういう時間が永井さんはとても好きなのだそうだ。
「はらう」という章は、1991年生まれの4人と、同じ年に生まれた永井さんとの東日本大震災をめぐる対話の記録である。
「最初は断片的に言葉が落ちている感じなのが、対話の中で言葉が生まれていった。対話するように書ける、というのは大きな発見で、自分は対話の中で言葉を見つけていくように書きたかったんだ、と改めて思いました」
【プロフィール】
永井玲衣(ながい・れい)/1991年東京都生まれ。哲学研究と並行して、日本各地の学校、企業、美術館、自治体などで、人々が考え合う場である「哲学対話」を10年以上にわたり開催している。今年2月に第17回「わたくし、つまりNobody賞」を受賞。戦争について表現を通し対話する、写真家・八木咲との「せんそうってプロジェクト」、後藤正文らを中心とするムーブメント「D2021」などでも活動。本作は『水中の哲学者たち』に続く2作目のエッセイ集。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2024年10月17日号