10月に『八犬伝』、11月に『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』と大作映画への出演が続く内野聖陽。文学座出身の彼が目下、挑んでいるのが井上ひさしによる評伝劇の傑作『芭蕉通夜舟』だ。
俳聖・松尾芭蕉の40年にわたる俳人としての人生を、三十六句からなる歌仙になぞらえて全三十六景で描く本作。一人語りを中心とした“ほぼ一人芝居”で舞台が構成される。内野にとって井上の戯曲は2019年上演の『化粧二題』に続き、2作目。前作同様、鵜山仁が演出を手掛ける。
立ち稽古に入り、井上が描く芭蕉像を手繰り寄せている段階だという。
「松尾芭蕉を大俳聖、歴史上の偉人と捉える人も多いと思いますが、ひさしさんは等身大の人間として温かく見ている。ぼくも、芭蕉さんには地べたを這いずって生きている感があっていいよねという想いが、どこかにある。稽古を重ねるにつれていぶし銀の芭蕉像が徐々に自分とそう遠くない、“生身のおじさん”になりつつあります」
稽古場で、内野は山ほど付箋が付いた台本へ鵜山の言葉や自身が感じたことを書き込み、井上が描く芭蕉像をじっくり掘り下げた。なぜ芭蕉がその言葉を発するのか、心情が腑に落ちるまで演出家と話し合い、言い直し、台詞にあわせて朗唱役が出す小道具や音響との連携まで、気を配る。
「お芝居の中で、いい句を作るために言葉を舌の上で千回転がすのだと、芭蕉さんが言います。これは俳優がいい台詞を吐くため何百回でも繰り返すことにも通じますよね」
台詞との苦闘を内野流に“掘り込む”と語る。
「あるいは、えぐる。いい台詞をつかみとる作業はぼくにとって、表に現われているものではなく、地下の鉱脈を探り当てるような感じなんです。とまぁ……、立派なことを言ってみたものの、今は人間・芭蕉を前にして台詞に埋もれ、溺れそうになっている男がいるだけなんですが(笑)」