また、結局は父の会社に入社し、広報部を任された治道と東京五輪の強化選手〈高橋昭三〉の交流を描く第二部「一九六三年」や、第三部「一九七九年」でも主人公は終始、揺れ通しだ。
「彼はいわゆる信頼できない語り手で、『ギャツビー』のニックもそうですよね。主人公の認知の歪みや目の曇りに本人が徐々に気づき、共感はできないけど自分も少しわかるかもみたいな、シンパシーよりエンパシーを喚起するのが、僕はいい小説だと思うので」
作中にも〈曲線と冷徹な直線〉の〈矛盾めいた共存〉といった刀に関する記述があるが、烏丸家の親子関係にも愛と憎が常に相半ばし、幻想と現実、〈水平性と垂直性〉など、様々な価値観がせめぎ合う矛盾こそが、東京の景観を形作ってもいた。
「僕も今の東京に関しては、そんなに開発して大丈夫?とは思いつつ、街は変わるものだという諦念しかない。結局はその人その人の、あの時の風景がよかったということでしかないと思うし、それもまた、幻でしかなかったりするんです」
【プロフィール】
荻堂顕(おぎどう・あきら)/1994年東京生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、フリーライターや格闘技ジムのインストラクター等をしながら投稿を続け、2021年に第7回新潮ミステリー大賞受賞作『擬傷の鳥はつかまらない』でデビュー。2作目の『ループ・オブ・ザ・コード』は第36回山本周五郎賞候補、続く『不夜島』では第77回日本推理作家協会賞を受賞。幅広い作風や高い描写力で評価を集め、「全ジャンルを書きたいと思っています」という注目の新鋭。163cm、66kg、O型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2024年10月18・25日号