東映京都撮影所を背負っている
──俳優の所作はいかがでしたか?
芝居は真田さんがチェックしてましたが、僕は待ち時間のことを言いました。「着付けをしたら、待ち時間は寝そべったりせんといてくれ。待つ時もまっすぐ背筋を伸ばして座っておいてくれ」って。そうでないと、着付けが崩れるんですよ。そういうのは、日本に帰らされる覚悟で言いたいことを言いました。
──京都のスタッフさんの強さって、まさにそこですからね。時代劇を知り尽くしてるから、気になることがあったら俳優さんだろうが、監督だろうがちゃんと言う。その流儀をハリウッドにも持ち込んだと。
現場に行ったら、やっぱりこっちと同じように、違うところは違うって自然と言っちゃいますね。それは真田さんのおかげですよ。それだけ、自分がちゃんと発言できる立場になったわけですよね。それができるようになるまで、長いこと脇役もやったのは素晴らしいと思います。
──撮影現場での真田さんの様子はいかがでしたか?
自分の出番がない時でも、毎日来ていました。いつ寝ているのかと思うほどでした。やはり荷は重いと思いますよ。失敗はできませんから。
僕が行く前に、真田さんが俳優をみんな集めて、わらじの履き方を訓練したということも聞きました。現場で一人ひとりにやっていったら時間がかかりますからね。
──そんな真田さんが信頼してお呼びしたわけですから、古賀さんも責任重大ですね。古賀さんが判断を誤ると、作品全体、ひいては真田さんにもふりかかります。
僕自身も、ここでいろいろな先輩たちから技術や知識を学んできましたので、東映京都撮影所を背負っているような気持ちで臨んでいました。
でも、それ以上にあったのは、「真田広之の顔に泥を塗れない」ということでした。やっぱり真田さんに恥をかかせるわけにいかない。「わざわざ真田が日本から呼んだのに、こんなもんか」みたいに僕が言われると、真田さん自身の発言力にも傷がついてしまいますから。僕がちゃんと仕事をすることで、真田さんの顔が立つ。その想いがあの時はいちばん強かったですね。
【プロフィール】
古賀博隆(こが・ひろたか)/1960年生まれ。22歳で東映京都撮影所に入所し、以来、衣装担当として多くの時代劇制作に携わる。大ヒット中の自主製作映画『侍タイムスリッパー』でも時代劇衣装を担当している
春日太一(かすが・たいち)/時代劇・映画史研究家。1977年東京都生まれ。日本大学大学院博士後期課程修了。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『時代劇は死なず!完全版 京都太秦の「職人」たち』(河出文庫)、『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(文春文庫)、『役者は一日にしてならず』『すべての道は役者に通ず』(小学館)、『時代劇入門』(角川新書)、『日本の戦争映画』(文春新書)ほか。『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』(文藝春秋)にて、第55回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。最新刊に『ヒット映画の裏に職人あり!』(小学館新書)