いまの歴史学者は、「朝鮮出兵には日本国中が反対した」などと言う。バカな話だ。いかにヒトラーのような絶対的独裁者でも、国民の大部分が反対する戦争を挙行するのは絶対に不可能だ。あたりまえの話だが、戦争は個人でやるものでは無い。豊臣秀吉のときも多くの国民が、少なくとも武士の大部分は戦争に賛成したのである。

 では、なぜ賛成したかと言えば、「朝鮮出兵」つまり中国侵略が成功すれば大名や武士たちはもっと所領が増えるからだ。つまり成功すると思ったから、初めはみな秀吉についていった。しかし、結果は大失敗に終わった。となると人間はどうするかと言えば、たとえば「この戦は必ず勝てるから北京で百万石もらうんだ」と日記に書いた大名がいたとしたら、彼はその日記を必ず抹殺するだろう。

 一万人に一人、いや百万人に一人ぐらいは子孫への教訓として残しておくという人間もいるかもしれないが、そんな殊勝な人間はきわめて少ない。誰だって子孫や後世の人間に「あの男はなんてバカだったんだ」と思われたくないから、証拠になる「史料」は廃棄してしまうのだ。

 同じことで、井上馨の発言が伝えられているのは、結果的に日本軍がドイツ軍に勝って膠州湾を占領することができたからである。もしこの試みが失敗に終わっていたら、それを可能にした第一次世界大戦勃発を「天佑」と評した井上馨はバカだったということになるから、彼は全力を挙げてその発言を記録から抹殺したはずである。つまり、史料には残らないということだ。

 冒頭に述べたように、「シベリア出兵」は惨めな失敗に終わった。となると、まさに現金なもので当初それを熱烈に支持していた人間も、まさに手のひら返しで「オレはもともと反対だった」などと言う。大ハシャギした人間であればあるほど、できるだけその事実を歴史から抹殺しようとする。つまり、具体的には証拠となる史料を消す。それが人間社会の常である。

 だから歴史の研究は史料絶対主義ではダメで、まず「当時の人々の気持ちになって考える」ことが一番重要なのである。

(第1435回に続く)

【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『「言霊の国」解体新書』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。

※週刊ポスト2024年11月8・15日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

傷害致死容疑などで逮捕された八木原亜麻容疑者(20)、川村葉音容疑者(20)、(右はインスタグラムより)
【北海道男子大学生死亡】逮捕された交際相手の八木原亜麻容疑者(20)が高校時代に起こしていたトラブル「友達の机を何かで『死ね』って削って…」 被害男性は中学時代の部活先輩
NEWSポストセブン
ライブペインティングでは模様を切り抜いた型紙にスプレーを拭きかけられた佳子さま(2024年10月26日、佐賀県基山町。撮影/JMPA)
佳子さま、今年2回目の佐賀訪問でも弾けた“笑顔の交流” スプレーでのライブペインティングでは「わぁきれい!うまくできました!」 
女性セブン
木曽路が“出禁”処分に(本人のXより)
《胸丸出しショット投稿で出禁処分》「許されることのない不適切な行為」しゃぶしゃぶチェーン店『木曽路』が投稿女性に「来店禁止通告」していた
NEWSポストセブン
東京・渋谷区にある超名門・慶應義塾幼稚舎
《独占スクープ》慶應幼稚舎に激震!現役児童の父が告白「現役教員らが絡んだ金とコネの入学ルート」、“お受験のフィクサー”に2000万円 
女性セブン
夢舞台ワールドシリーズで活躍する大谷翔平(写真/Getty Images)
大谷翔平、夢舞台ワールドシリーズでの躍動を振り返る「球場入り」「二塁打を打って雄叫び」「まさかの負傷」…“デコピンスパイク”も 
女性セブン
九州場所の宿舎があった場所は更地に(左が宮城野親方)
《元横綱・白鵬の苦境》旧・宮城野部屋の九州場所宿舎が取り壊され更地に 期限なき閉鎖で後援会は休止状態「再結成できるかも不透明」な理由
NEWSポストセブン
傷害致死容疑などで逮捕された八木原亜麻容疑者(20)、川村葉音容疑者(20)(インスタグラムより)
【北海道男子大学生死亡】 「不思議ちゃん」と「高校デビュー」傷害致死事件を首謀した2人の女子大生容疑者はアルバイト先が同じ 仲良く踊る動画もSNS投稿
NEWSポストセブン
佳子さまの耳元で光る藍色のイヤリング
佳子さまが着用した2640円のイヤリングが驚愕の売れ行き「通常の50倍は売れています」 地方公務で地元の名産品を身につける心遣い
週刊ポスト
いわゆる“ガチ恋”だったという千明博行容疑者(写真/時事通信フォト)
《18才ガールズバー店員刺殺》被害者父の悲しみ「娘の写真を一枚も持ってない。いま思い出せるのは最期の顔だけ…」 49才容疑者の同級生は「昔からちょっと危うい感じ」
女性セブン
100キロウォークに向けて入念に準備をする尾畠さん
85歳になった“スーパーボランティア”尾畠春夫さん、「引退宣言」の真相を語る「100歳までは続けたい」と前言撤回の生涯現役宣言
週刊ポスト
新たな業務提携先が決まった元・乃木坂46で女優の生駒里奈
《衝撃の業務提携先》元乃木坂46生駒里奈「アイドルから完全脱皮」新パートナーは「嵐の社長」
NEWSポストセブン
騒動があった西岩部屋(Xより)
《西岩親方、19歳力士の両親を独占直撃》「母と祖母が部屋を匿名誹謗中傷」騒動 親方は「幹希の里は覚悟を決めて書いた」と説明
NEWSポストセブン