チャンピオンへの道を切り開いた一品
牛肉は、中学を卒業して沖縄本島の高校に通うようになってから、初めて食べたの。下宿先は、銭湯を経営している人の家でね。放課後に学校で練習したら、皆で帰ってくるでしょ。ボクシングをやっている子は下宿代がタダだったから、斧で薪割りをしたり、掃除をしたり、手伝いの合間に夕飯を食べてね。
銭湯の営業が終わったら、またボクシングの練習。これ、本当の話だからね。皆でタワシを持って、床から壁から力いっぱい掃除をするわけ。映画の『ベスト・キッド』と一緒。背中も腕もパンパン。お風呂場がきれいになったら、今度は腕立て伏せとか、シャドー。サンドバッグはボイラーの横に吊るしてあったね。
そんな毎日を過ごしていると、時折、コーチとか先輩が誘ってくれるの。「ステーキ、行くか」。ナイフとフォークを手にするのだって初めてよ。鉄板の上に、見たこともない分厚い肉で、びっくりしたさ。一口食べた、その瞬間に思ったね。「これ食べてたら、何ラウンドでも戦える。おれはチャンピオンにだってなれる!」。それぐらい驚いた。肉の味が濃いんだ。
だけど、プロボクサーを目指して上京したら、また牛肉から遠ざかったさあ。ずっととんカツ屋さんでアルバイトしていたから、たまに食べられるお肉が豚になって。そうそう、世界チャンピオンになってから、ご馳走になってびっくりしたのは北京ダック。ありゃあ、結局、鶏肉に戻ってきてしまったね(笑い)。