斎藤本人が“察した”SNSの威力
その斎藤が、ネットが持つ威力に気が付き始めた、と感じたのは、選挙戦中盤のこと。演説でこう言い始めた。
「メディアの報道は本当に正しいのかどうか。県民の皆さんがご自身でネットやユーチューブを見て調べて判断している。何が正しいのか、何が真実かを、一人ひとりが判断されています」
こう言って、既存メディアの報道に疑問を投げかけ、あたかも“真実”はネット上にあるかのような発言が増え始めた。その斎藤の発言が一線を越えたと思ったのは、選挙戦後半 のこと。
「文書の問題でも、私はおねだりなんかしてないですから。県産品をPRするためいただいたことはありますけれども、あくまでもPRのため。ハラスメントの問題も、特定の職員を徹底的に追い詰めることはしていません」
しかし実際、おねだりについては、告発文が指摘したコーヒーメーカーを側近の県幹部が受け取りながらも、告発文が送付された後で返却していることが新聞で報道されている。パワハラについて、百条委で訊かれた際、細部については「記憶にない」という発言を繰り返し、「不快な思いをさせたのなら反省したい」と語っている。
問題は、こうした斎藤の動画を張り付けたXの投稿 が1000万回以上表示され、4万回以上の「いいね」がつき、言論空間を歪ませたことにある。今回、斎藤が出直し選挙に挑まなければならなかったのは、告発文書問題における失策があった。ことの発端は、3月にさかのぼる。
元県民局長がパワハラやおねだりなどの7項目を挙げた告発文書をマスコミなどに送付した。斎藤は、側近を使って文書の作成者を元県民局長だと特定し、公用パソコンを押収。その直後、斎藤は記者会見で「嘘八百」や「事実無根」、「公務員失格」と非難した。元県民局長は4月に入り、公益通報窓口に通報を行う。
しかし、斎藤は元県民局長に停職3カ月の懲戒処分を下す。元県民局長は7月、「一死をもって抗議する」というメッセージを残し、自殺と見られる死を遂げる。これを機に、この問題が、テレビのワイドショーが扱う全国ニュースに転じる。
斎藤は9月の百条委で「道義的責任が何かわからない」と答えたことで、県議会から総スカンを食らう。支持母体であった自民党県議や維新県議団までもが辞職を要求。全会一致で不信任案が可決された。斎藤は失職を選び、再選を目指し今回の選挙に立候補した。
多くの斎藤支持者は、告発文書問題が勃発した当初、斎藤を悪者だとみなしていた。けれど、その後、ネットの情報を通して“真実”に気付いた人々だった。それを機に、熱烈な斎藤支持者に転じていく。支持者一人ひとりにとっても、ネットを通して“真実”を再発見していく“覚醒の物語”でもあった。
(第2回に続く)
【プロフィール】
横田増生(よこた・ますお)/1965年福岡県生まれ。ジャーナリスト。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て、アメリカ・アイオワ大学ジャーナリズム学部で修士号を取得。帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスとして活躍。2020年に『潜入ルポamazon帝国』で第19回新潮ドキュメント賞。2022年に『「トランプ信者」潜入一年』で第9回山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞。近著に『潜入取材、全手法』(角川新書)。
写真/筆者撮影