悩める中山美穂を救った“歌の存在”
そんな中山さんも多忙なアイドルとして10代を乗り越え成人を迎えると、自身の個性と芸能人「中山美穂」とのギャップに悩まされるようになっていく。そんなとき、彼女の支えになったのが“歌の存在”だったという。芸能プロ関係者はこう語る。
「生前、中山さんは周りには『音楽に救われた』と話すことも多かった。デビュー当時から詞を書くことに興味があり、22歳の時には初のセルフプロデュースアルバム『Mellow』を手がけた。また曲へのこだわりが強く、徹夜でレコーディングすることも少なくなかったといいます」
こうして中山さんは人気ロックバンドWANDSとのコラボ曲『世界中の誰よりきっと』(1992年)や『ただ泣きたくなるの』(1994年)など、ミリオンセラーとなったヒット曲のほか、数々の名曲を世に放つことになる。
1999年以降は俳優業に専念していた中山さんだったが、歌手活動を休止してから20年の節目となった2019年に本格的に歌手として復帰していた。