突然、非常戒厳令を発して韓国国内だけでなく世界中に衝撃を与えた尹錫悦大統領(63)。韓国の世論は、尹大統領の行動を“民主主義を否定する暴挙”と位置づけ、厳しく批判している。そうした世論の背景のひとつには、戒厳令の前から韓国国民の間で注目されていた小説家の存在がある。ソウルを拠点に活動するジャーナリストの申光秀氏がリポートする。
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韓国を代表する小説家、韓江(ハン・ガン)氏(54)が今年10月、アジア人女性として初めてノーベル文学賞を受賞して以来、韓国では空前の読書ブームが続いている。
ソウル市内の書店では軒並み特設コーナーが設けられ、ベストセラーランキングでは韓江氏の過去の作品が軒並み上位を独占。世界的な「本離れ」現象は韓国も例外ではないが、金大中元大統領(2000年、平和賞)以来となる韓国人のノーベル賞受賞によって、国内の出版業界は特需に沸いた。
韓江氏への注目をさらに高めることになったのが、12月3日に勃発した尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領による非常戒厳令の宣布である。
韓国において戒厳令が発動されたのは1980年以来、44年ぶりのことである。1979年の朴正煕大統領暗殺事件(10・26事件)に端を発した政治的混乱が続くなか、軍を掌握していた全斗煥(後に大統領就任)が1980年5月に非常戒厳令を発令。これが同年の「光州事件」につながった。
民主化を求める学生や市民と軍が衝突した光州事件は、160名以上の死者を出す惨事に発展し、韓国近代史におけるもっとも重大な事件のひとつとして認識されている。