「投げ方が分からなくなっていた」
高校時代の柿木の投球フォームは真上から投げ下ろす豪快さがあったが、プロ入り後は彼の登板を目にする度にフォームが大きく変化していた。ある時は脱力した投げ方に、またある時は山本由伸(現ドジャース)を模したような投げ方に。トライアウトでは、ややヒジを下げたスリークォーター気味の投球フォームとなっていた。
「自分で意図してフォームを変えていたわけでもないんです。どうやって投げたら真っ直ぐの入射角や変化球の落ち幅、曲がり幅が理想に近づくのか。その時々で、一番良いボールが投げられるフォームを意識してきました。プロ入り後、自分が一番苦しんだのは、イップスでした」
イップスとは以前までは当たり前にできていたことが、突然、できなくなってしまうアスリート特有の運動障害だ。たとえば、一度のデッドボールを機にインコースにボールを投げられなくなったり、一塁への悪送球によって短い距離の送球が困難に陥ったりすることをいう。投手がイップスに陥る原因も症状も様々である。
柿木の場合は入団2年目の2020年シーズンにおける千葉ロッテとの2軍戦が引き金となった。リリーフ登板した柿木に、1球だけ、捕手が捕球できないほど高めに抜ける暴投があった。失点にはつながらず、無事に登板を終えたものの、その日の試合後、調整を目的にブルペンで投げ込みを行った際に再び異変が生じた。
「コーチがキャッチャーを務めてくれたんですけど、そこコーチが手を伸ばしてもぜんぜん届かないぐらい高めに抜けたボールを投げてしまったんです。コーチも異変を察したのか、『今日はやめておこう』と。それから5日間ぐらいノースローで様子を見ていたんですが、次にブルペンに入った時にはもう、投げる感覚、投げ方がわからなくなってしまっていた」
次第に先輩を相手にしたキャッチボールでも恐れを抱くようになり、ブルペンでは捕手の背後に人が立っていたらコントロールを失った。もし暴投して当ててしまったらどうしよう――そんな不安が柿木を襲うのだという。
「例えば、捕手のすぐ後ろにネットが張られていると問題ないんですけど、ファウルゾーンに設置されたブルペンのように、万が一暴投したら捕手が遠くまでボールをとりに行かないといけない場所だと、プレッシャーを感じてボールをコントロールできないんです。それまで、他の人がイップスになったのを自分も見てきましたが、どちらかというと生真面目なタイプが多かった。だから、自分は絶対にイップスにはならないだろうと思っていました(苦笑)。なってからは本当に大変で、2年目から3年目にかけては、フォームがずっとバラバラでした」