高層住宅が建ち、再開発が進むJR関西本線久宝寺駅から南に徒歩17分、昔の面影が残る地で営む『いりべ酒店』の大きなコの字カウンターの奥では、2代目店主の入部太さん(54歳)が明るく客を迎えてくれる。初代・重敏さん(81歳)のときから「安い、美味しい、居心地いい」(常連歴25年の60代)と地元で評判の店だ。
今でも店に顔を出す重敏さんは、「昔は、店をここの向かいでやっていた。そのときもコの字カウンターやった。嫁さんが料理をしてな、田舎料理やけどな。息子がやるようになって、出るもんはだいぶモダンになったんとちゃいますか」と話す。
代替わりして、この2月でまる2年になる。「(息子が後を継いで)そら嬉しいよ。親のやってた仕事が認められたようなもんやもん。誇らしいな」と顔をほころばす。
店主の太さんは、「長く来てくださるお客さんがいますからね。店を無くしてしまうわけにはいかんと思いました。コロナ禍の最中(自分の)勤めをやりながら、時々、店を手伝うようになって。自然と継ぐ気持ちが湧きました」と思いを話してくれた。
「『ある?』と聞かれて『ない』と答えたくないんですわ。お客さんを喜ばせたい」と語る店主。店を継ぐ前に大手スーパーに29年も勤めた経験が、仕入れと提供に生かされている。この日は、兵庫県香住(かすみ)の”せこ蟹”(ズワイの雌)や鯨のコロ(皮)といった希少食材がメニューに並び、酒飲みを唸らせていた。
「前職のスーパーでは、”旬の食材で四季を感じよう”というキャンペーンをやったり、調理法を広めたりする仕事もしましたのでね。こういう角打ちでも、少しでも旬を感じてもらいたいと思ってます。それまでも母親がずっと美味しい料理を出していましたので、最初は味を守ることが大事でしたけど、少しずつ自分の色を出したいなと考えています」と話す太さんに、「代替わりして、ハイカラになったな」と先代の重敏さん。それに太さんが返して「お客さんも若くなっているからな」と親子仲がいい。
二人に角打ちの仕事でいちばん楽しいことを聞くと、太さんは「それは『美味しいよ』と言われること。間違いない、これ」と即答した。重敏さんは「予想が当たること。今日あたりあの人が来そうやなあと思って仕入れたら、『ほら来よった! 案の定、頼みよった!』となる瞬間がいちばん楽しいです」。