ライフ

芥川賞受賞作家・松永K三蔵氏のデビュー作『カメオ』が書籍化 「会社や銭金の問題に尻尾を握られながら闘ってる人のことを純文に書いていきたい」

松永K三蔵氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)

松永K三蔵氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)

 松永K三蔵著『カメオ』は、刊行時期こそ逆になったものの、昨年『バリ山行』で芥川賞を受賞した著者のデビュー作であり、会見でも話題になったTシャツの文言「オモロイ純文運動」の原点でもある。

 主人公は物流倉庫会社に勤める私〈高見〉。休日は六甲の山々をロードバイクで走り、それを日々の慰めとする彼が、須磨の遊閑地に年度内付けで倉庫を建てるよう〈経理課絡みの案件〉を任されたことから、事態はあらぬ方向へ転がっていく。

 その土地の隣には常に白い犬を連れ、何かと難癖をつけてくる厄介な男が住んでいた。やがて彼は朝礼にも勝手に参加。監督が何か言う度に〈ヨシッ!〉と答え、〈あのおっさん、カメオ言うんですよ。カメの亀に、夫ですわ〉と職人達に笑われながらも憎めなくもあるカメオを巡る珍騒動は、中盤早々、彼が遺した犬と主人公ののっぴきならない関係性の物語へと、大きく舵を切るのである。

「運動といっても、もっとオモロイ純文を書いていかなあかんって、僕が思ってるだけなんですけどね。僕は純文とエンタメの境目は明確にあると考えていて、生きることや世界とは何か、人間とは何かを問うものが、やっぱり純文やと思う。

 ただそれが面白くなかったり、事によっては難解で読みづらい方が高尚みたいな空気すらあった。そして、ふと気づくとみんな動画やSNSばっかり見ている。それをやめろと言ってもやめないのはオモロイからで、そこと闘わないと文学は滅んでしまうと思うんです」

 その面白さにも2種類あるといい、例えば高見が隣家の男から粗品の洗剤に関してダメを出される、こんなシーン。〈お前ら、ワシを舐めとんのやろ。引きこもりのおっさんや思って、舐めとるから、いきなりこんな工事はじめるんやろ? 舐めとるから、いきなりアタック持って来て、粉のアタック〉〈ワシ、クレーマーちゃうど。無茶言うてないど。それでも無理や言うんやったら、せめて粉やなくて、タレの、タレのアタックにしよや〉

「いきなり無茶なおっさんが出てきて、振り回される、ちょっと落語的な面白さが、入口にある。本人は真剣なのに、なんか滑稽で笑っちゃうっていう。そういう面白さがある一方、自分の人生や世界とリアルに向き合う面白さもまたあって、僕はそれが一番面白いと思ってるんです。

 本書で言えば会社や常識に縛られ、今一つ突き抜けられない高見が、自分はどう生きるべきかという問いと犬を介して向き合うわけですけど、誰だってそうですよね。どんな理不尽な目に遭っても仕事は簡単に辞められないし、どうにか折り合いをつけつつ生活している方がほとんどだと思う。

 英語のライフは人生とも訳せるけど、つまるところ生活ですよね。その生活がピンチにある時こそ文学の出番なんです、本当は」

『バリ山行』でもそうだが、松永氏は主人公が遭遇するトラブルをごく卑近なものに設定する。無理な工期を無理強いする会社と無茶な亀夫の間で頭を下げ続け、挙句、亀夫の犬の面倒までみる羽目になった高見が、ペット厳禁のマンションでそれを隠し飼い、姪への移譲を画策する姿などは、誠実で人がよすぎるだけに滑稽で、身につまされる。

関連記事

トピックス

「複数の刺し傷があった」被害者の手柄さんの中学時代の卒業アルバムと、手柄さんが見つかった自宅マンション
「ダンスをやっていて活発な人気者」「男の子にも好かれていたんじゃないかな」手柄玲奈さん(15)刺殺で同級生が涙の証言【さいたま市・女子高生刺殺】
NEWSポストセブン
大阪・関西万博が開幕し、来場者でにぎわう会場(時事通信フォト)
「日本人は並ぶことに生きがいを感じている…」大阪・関西万博が開幕するも米国の掲示板サイトで辛辣コメント…訪日観光客に聞いた“万博に行かない理由”
NEWSポストセブン
ファンから心配の声が相次ぐジャスティン・ビーバー(dpa/時事通信フォト)
《ハイ状態では…?》ジャスティン・ビーバー(31)が投稿した家を燃やすアニメ動画で騒然、激変ビジュアルや相次ぐ“奇行”に心配する声続出
NEWSポストセブン
NHK朝の連続テレビ小説「あんぱん」で初の朝ドラ出演を果たしたソニン(時事通信フォト)
《朝ドラ初出演のソニン(42)》「毎日涙と鼻血が…」裸エプロンCDジャケットと陵辱される女子高生役を経て再ブレイクを果たした“並々ならぬプロ意識”と“ハチキン根性”
NEWSポストセブン
4月14日夜、さいたま市桜区のマンションで女子高校生の手柄玲奈さん(15)が刺殺された
「血だらけで逃げようとしたのか…」手柄玲奈さん(15)刺殺現場に残っていた“1キロ以上続く血痕”と住民が聞いた「この辺りで聞いたことのない声」【さいたま市・女子高生刺殺】
NEWSポストセブン
山口組も大谷のプレーに関心を寄せているようだ(司組長の写真は時事通信)
〈山口組が大谷翔平を「日本人の誇り」と称賛〉機関紙で見せた司忍組長の「銀色着物姿」 83歳のお祝いに届いた大量の胡蝶蘭
NEWSポストセブン
20年ぶりの万博で”桜”のリンクコーデを披露された天皇皇后両陛下(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA) 
皇后雅子さまが大阪・関西万博の開幕日にご登場 20年ぶりの万博で見せられた晴れやかな笑顔と”桜”のリンクコーデ
NEWSポストセブン
朝ドラ『あんぱん』に出演中の竹野内豊
【朝ドラ『あんぱん』でも好演】時代に合わせてアップデートする竹野内豊、癒しと信頼を感じさせ、好感度も信頼度もバツグン
女性セブン
中居正広氏の兄が複雑な胸の内を明かした
《実兄が夜空の下で独白》騒動後に中居正広氏が送った“2言だけのメール文面”と、性暴力が認定された弟への“揺るぎない信頼”「趣味が合うんだよね、ヤンキーに憧れた世代だから」
NEWSポストセブン
高校時代の広末涼子。歌手デビューした年に紅白出場(1997年撮影)
《事故直前にヒロスエでーす》広末涼子さんに見られた“奇行”にフィフィが感じる「当時の“芸能界”という異常な環境」「世間から要請されたプレッシャー」
NEWSポストセブン
天皇皇后両陛下は秋篠宮ご夫妻とともに会場内を視察された(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA) 
《藤原紀香が出迎え》皇后雅子さま、大阪・関西万博をご視察 “アクティブ”イメージのブルーグレーのパンツススーツ姿 
NEWSポストセブン
2024年末に第一子妊娠を発表した真美子さんと大谷
《大谷翔平の遠征中に…》目撃された真美子さん「ゆったり服」「愛犬とポルシェでお出かけ」近況 有力視される産院の「超豪華サービス」
NEWSポストセブン