絶対的な孤独からこそ文学は始まる
やがて深夜のムダ吠え対策には散歩が一番と聞いた高見は、夜になると近くの野山に犬を連れ出すようになる。そして春一番の吹くある日のこと。〈あッと思った。凄まじい速力だった〉〈ヤードの中に押し込められて、そのまま「犬の一生」を終えるかも知れなかった犬。──行け、行け!〉〈私は心の内で叫んだ〉〈カメオッ!〉──。犬がカメオになった瞬間だった。
〈すぼんだ様に顔についた小さな眼〉、〈皮膚の赤みが透けて見え、それがどこか生々しく〉と描写されるブルテリア系の雑種で、仕草も中年じみたカメオの愛らしさではなく、氏はむしろ、「圧倒的拒絶感」に懐かしさを覚えるという。
「これは卒論で扱った坂口安吾の影響もありますけど、人間と自然、あるいは世界との関係って、そもそも断絶されているんですよね。その断絶こそが安吾の言う文学のふるさとで、だから愛おしいし、懐かしいし、その絶対的な孤独からこそ文学は始まると思う。
仮にカメオを野に放って行き倒れたとしても、それが生きるってことちゃうか、自分はできないけどカメオ、お前は行けーっていう主人公の気持ちは、まさに愛だと思うんですよ。それって虐待ちゃうか、法的にアウトやろって、結局は悩むだけ悩んで何も決められないけど、そんなこと一切顧慮せずに、別世界として存在するのが、他者や自然やこの世界だと思うんです」
現代ではスマホで何でも検索でき、それらしい答えがすぐに手に入る。
「でもそれって絶望の一形態だと思うんです。パンドラの箱の底に残った悪魔の正体は全知とも言われるように、知らないから挑戦できたり夢を語れたりする部分がある。自分が生きてきて100%言えるのは、良くも悪くも世界は思ったようにならないってこと。新人賞対策とかもその通りになったためしはないし、先の読めない世界で、会社や銭金の問題に尻尾を握られながら闘ってる人のことを、僕はオモロイ純文に書いていきたいんです」
これほど笑えて読みやすく、しかも心に真っ直ぐ届く小説も珍しい。2つの面白さを兼ね備えた、思いのこもった文学である。
【プロフィール】
松永K三蔵(まつなが・けー・さんぞう)/1980年茨城県水戸市生まれ、兵庫県西宮市育ち。14歳の時に読んだドストエフスキー『罪と罰』に感激して小説家を志し、関西学院大学文学部在学中から各新人賞に応募を開始。現在も一般企業に勤務しながら、毎朝出勤前に喫茶店で2時間書く生活を続け、2021年に本作で第64回群像新人文学賞優秀作を受賞。2024年には『バリ山行』で第171回芥川賞を受賞し、「これで『カメオ』も本にできますよって編集長が言ってくれたんです」。171cm、73kg、A型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2025年1月17・24日号