アメリカ合衆国の主権は人民ではなく各州にある!?
これはアメリカ合衆国憲法を見てみれば明確にわかることだが、実はこの憲法には、例えば日本国憲法には明記されている主権在民、すなわち「一般民衆に国の主権がある」などといったことを直接規定する文章は、どこにも書かれていない。ここからアメリカには、「『アメリカ合衆国』の構成員とは、人民ではなく実は各州であり、人民はそれぞれが居住する各州の民ではあっても、『アメリカの民』ではない」といった考え方が伝統的に生まれてくることとなった(「州権論」という)。
この考え方を元に、「州は中央政府(合衆国政府)に不満があれば、その枠組みから脱退していい」という発想に至り、19世紀の南部諸州が起こした反乱が南北戦争である。もちろん、この南部の反乱は北部(合衆国政府)によって鎮圧され、今では「アメリカはきちんとした国家政府であり、主権者は人民である」といった考え方が一般的になってはいる。しかし、今回の大統領選が行なわれていた最中、「もしハリス政権ができたら、共和党の強いテキサス州はアメリカから独立する」などといった、本気か冗談かわからないようなニュースが流れていたのを見た記憶のある読者も多いだろう。それくらい、今なお州権論はアメリカ人の精神の奥底に、しっかりと根付いている思想でもあるのだ。
ここまでの説明を読めば、なぜアメリカ大統領選挙は、有権者が直接大統領候補を選ぶ仕組みをとっておらず、「各州の選挙人」が直接的には選ぶものとなっているのか、何となくでも理解できたのではないか。今なおアメリカは連邦制をとる、構成各州に非常に強い自治権を与えた国家であり、日本のような「都道府県の上に国の政府が存在する中央集権国家」とは、根本的に国のシステムが異なるのである。
もちろん、現在のアメリカではこうした大統領選挙における選挙人制度について、「不合理でわかりにくい」という声が年々高まっていて、真剣に廃止論を唱える識者などもいる。しかしそれでも、その廃止論は容易に現実化しそうな状況ではない。なぜならばそれこそが、アメリカという国の“伝統的なあり方”であるからだ。
(了。次回掲載は1月19日予定)
※『ビッグコミックオリジナル』(小社刊)2024年12月20日号より一部改稿
◆小川寛大(おがわ・かんだい)/ジャーナリスト。1979年熊本県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。2015年、季刊誌『宗教問題』編集長に。2011年より〈全日本南北戦争フォーラム〉事務局長も務め、「人類史上最も偉い人はリンカーン!」が持論。著書に『池田大作と創価学会』(文藝春秋)、『南北戦争』(中央公論新社)、近刊『南北戦争英雄伝 分断のアメリカを戦った男たち』(中公新書ラクレ)など。