今回、本を読んで真っ先に思ったのは、「ああ、はづきも難しい漢字を読めるようになったんだ!」ということ。これにはほんとに涙が出た。もちろん「ダメ出し」もたくさんある。
「もの書きなら、この話、もっと面白く書けるだろう」とか「人物の輪郭線をもっときっちりと表さなきゃ」とか。私が先輩諸氏に言われてきたことだが、人の文章を読むとその意味がよくわかる。だからつい赤線を引いてしまう。しかしそんなことよりとにかく、本を読み進めながら一番感動したのは、漢字の読み書きだった。はづきも成長したなあと感慨無量。
イタリアの作家、ナタリア・ギンズブルグという人の「ある家族の会話」(私が読んだときは「ある家族の辞書」というタイトルだったような気がする。私は個人的に「辞書」のほうが好きだが。余談)という本の中に、定かではないが、どんなに何十年も会わなくてもある種の符牒を言われたら、それが家族だと私はわかる……というようなくだりがある。
そうなのだ。この本を読んでいるとその逸話とともに、映像が甦ってくる。ある「ひとこと」から芋づる式に、色々なことが思い出されるのだ。
そういう意味ではナタリア・ギンズブルグのようじゃないか! はづきさん!(笑)
これを読んだ人も、本を閉じた後、あれこれ自分の人生の物語を思い出すに違いない。そして書いてみるかもしれない。そういう起爆剤になるような本だなあ、というのが感想だ。内容に関して言えば……。私、こんなんじゃないよぉ~とか、私、そんなふうに思ってないよ~とか、そういうものが散見される。だがふっと思うのだ。
一つの出来事を、姉妹のそれぞれが違う受け止め方をする。それは至極あたりまえのことなのだ。これははづきの感じた「我が家」の物語であって、唯一の「真実」ではない。うん、一冊の本を上下で区切って、同じ逸話で全く違う話を展開させるのも面白い!
とか、もの書きの姉は書き留めたりする。
あら、私ってほんと真面目だなぁと自画自賛しながら、実は、はづきを羨ましく思っている姉なのである。
※女性セブン2025年3月6日号