競艇にのめり込んでいたという
「モンキーレンチを加えてください」
事件の一週間前、指示役から〈東京一軒家、叩きます。自宅に現金1000万円〉との“案件”の誘いがあり、永田被告はこれに応じる。当日、他の実行役らと合流後、被害者宅に向かった。このとき永田被告が宅配業者役となり、被害者宅のインターフォンを鳴らし、ドアが開いたところすぐさま応対した被害者の顔面を殴打し住宅内に押し入った。直前に指示役「キム」はテレグラム通話をスピーカーモードにして実行役らにこう呼びかけていた。
〈殴ったり蹴ったりしないと報酬あげません。3000万円ある。現場ではカルパス君(永田被告のテレグラムアカウント名)の指示に従ってください。女子供は口塞いでください。チャチャッとやっちゃって大丈夫です〉
押し入る直前に、指示役がテレグラム通話をスピーカーモードにして発破をかける行為は、この事件以降も繰り返される。こうした呼びかけによって、実行役は被害者宅で暴力を振るうことが報酬につながると解釈する。指示通りに永田被告は玄関先で被害者を殴り、他の実行役らと押し入った。ところが被害者から激しく抵抗され、一旦撤退する。被害者はこの隙に110番通報していたが、ドアの鍵を閉め忘れていたため、再突入を許してしまう。再び激しく抵抗したものの、永田被告ら実行役たちによって多額の現金を奪われた。逃走途中、鉢合わせた警察官に追いかけられ左足を掴まれたという永田被告だが、すんでのところで共犯の車に乗り込み逃走した。
この中野の事件において、素手の暴力による被害者への制圧に時間がかかったこと、そして激しい抵抗により一度撤退したことを、当時の永田被告は“反省点”と捉えていたようだ。〈一軒家タタキあり 最低1000万 貴金属を売れば3000万〉と指示役「キム」から送信されてきた次の“案件”に参加を表明した永田被告は、2022年12月21日当日、新幹線で広島に向かうなか、キムとのテレグラムでこう提案した。
「キムさんから(事件に使う)道具の一覧を送っていただき『これでいいですか』と言われたのですが、私は『モンキーレンチを加えてください』と言いました。なぜなら中野事件の被害者はとても強く、また共犯が加勢してくる予定でしたが、それがなく、一度諦めて撤退するという、私にとってありえない状況だったので、すぐに制圧できるように用意してもらいました」
しかしこれが重大な結果をもたらす。共犯らと押し入った広島の店舗兼住宅において、40代男性の頭部をモンキーレンチで殴打し高次脳機能障害の重体を負わせたのだ。
(後編へ続く)
◆取材・文/高橋ユキ(ノンフィクションライター)
【プロフィール】高橋ユキ(たかはし・ゆき)/1974年、福岡県生まれ。ノンフィクションライター。2005年、女性4人の傍聴集団「霞っ子クラブ」を結成しブログを開設。以後、フリーライターに。主に刑事裁判を傍聴し、さまざまな媒体に記事を執筆している。『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』(小学館新書)など、事件取材や傍聴取材を元にした著作がある。