町田そのこ氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)
舞台は福岡県北九州市。市内の山道で〈花束らしきもの〉と一緒に埋められた死因不明の遺体が発見され、〈遺体を埋葬する金のない人間がこっそり埋めたんじゃないかって〉〈貧困ゆえに生まれた哀しい罪を見た、みたいな感じで原稿書けない?〉と、今は地元タウン誌に籍を置く元週刊誌記者〈飯塚みちる〉が、元上司で元恋人の〈宗次郎〉から半ば強引に依頼されたことで、町田そのこ著『月とアマリリス』は幕をあける。
物語は1年前に起きたいじめ事件の記事に関して深い罪悪感を抱え、実家に逃げ帰ったみちるが、もう一度事件取材と向き合う再生譚を軸に進むが、その事件が何とも酷すぎるのである。
やがて遺体は市内アパートに住む〈吉屋スミ〉と判明。さらに床下から別の遺体が……等々、世間を震撼させた連続死体遺棄事件の顛末を自身初のサスペンス作品に描いた著者は言う。
「自分は半径数メートルくらいの日常を描くタイプの作家だと思っていたら、そうでもなかったんですね。自分の可能性を最もわかっていなかったのは、自分でした」
2021年の本屋大賞受賞作『52ヘルツのクジラたち』を始め、今年作家生活9年目を迎える町田氏に確かに事件物のイメージはない。
「私が次に何を書いたら面白そうかを相談した編集者から、ミステリーかサスペンス、それも現実の事件をモデルにしてみたらどうかと言われて、『えっ、私に言ってる?』って(笑)。一方でそう言われて素直に喜ぶ自分もいて、挑戦してみて本当によかったです」
まず頭に浮かんだのは2002年に地元福岡で起きた北九州監禁連続殺人事件だった。
「ただ、資料を読んでいて、さすがに音を上げちゃったんですよね。こんなの残酷すぎて、とても無理って。
それで事件は独自に考え、主人公も女性記者にしようと決めて、ノンフィクションライターの宇都宮直子さんにお話を伺ったんです。遺体の身元には何をどう調べて辿り着くのが自然かとか、女性が1人で動くならタクシーを1日借り切ると多少心強いとか、それには大体幾らくらいが相場だとか、具体的な話を色々と。それを聞いている間、私は興奮し通しで、気づくと話の7~8割は出来上がっていた。あとはその骨格に肉付けしていくだけでした」
取材を始めたみちるが、身長145cmで後彎症という遺体の特徴や、衣服のポケットに残されていたという包装紙を頼りに、小倉・魚町銀天街の老舗饅頭店を訪ねたり、パチンコ店や競馬場近辺を回ったりして老女の目撃情報を集める過程が、既にして読ませる。
中には何の情報も無いのに焼肉をたかってくる強者もいたが、助けられたのは小倉中央署に勤務する宗次郎の古い友人〈丸山〉や、昔から実家の近くに住む〈井口〉の存在。特に井口は父親を既に亡くし、認知症の母親も今は施設にいると言い、主に代行を担当しているタクシー会社の仕事がない日中に日当5000円で同行を買って出てくれた。
みちると井口が近づくきっかけになったのがストリップ劇場だ。久々の取材で空振りが続く中、みちるは不意にそこに足を向け、〈気付けば、泣いている自分がいた〉。それを偶然見ていた井口は〈ステージを観て泣くひとに、悪い人はいないってのが、持論で〉と言って、後に性自認に関する悩みを打ち明けるまでになる。