『もうあかんわ日記』著者の岸田奈美さん
母・ひろ実さんの心臓の大手術をきっかけに、作家・岸田奈美さんに一家崩壊の足音が近づく。ダウン症の弟・良太さん、認知症の祖母とともに、日常をなんとか保つものの、心身ともにゴリゴリに削られてしまう長女・奈美さん。そんなカオスな日々の悲劇を喜劇として描く『もうあかんわ日記』は、発売後たちまち重版となるなど 反響を呼んでいる。岸田さんは「もうあかん」をどんな心境で書いていたのか?
ツッコミを入れながら書くことで俯瞰できる
『もうあかんわ日記』には、2021年3月10日から37日間の出来事が書き綴られている。なぜ、この日に書き始めたのだろうか。
「『もうあかんわ日記』を始めたのは、日常が辛すぎたからなんですよ。母は入院して家にいないし、おばあちゃんは認知症が始まっている。ダウン症の弟のこともどうしよう……みたいな。
もうどうしたらいいか分かんないし、家で仕事をしているときに邪魔されたり、用意しておいた食事を捨てられたり、認知症のおばあちゃんへのいいようのない怒りもあったんです。でも、それを笑って聞いてくれる人がいないし、私も笑って喋ることができなかった。
最初は、なんで私、この問題を全部解決できないんだろうって、ただただ深刻に考えて自分を責めていました。その辛さを笑って聞いてくれる人が欲しくて、ブログを書き始めたんです」
ブログを書くようになった頃、岸田さんにどんな変化があったのだろうか。
「地元にあまり知り合いがいないので、助けを求めるひとも見あたらなかったのですが、読者からコメントをいただくことで『一人じゃない』と思えました。ツッコミを入れながら日々の出来事をブログに書いていくと、『私はまだ人を笑わせることができる。大丈夫だ』と思えたんです。
人は試練が重なると気分が沈み、なかなか気持ちを切り替えることができないものだ。岸田さんには、なぜ、それができたのだろう。
「日々の出来事を書いていくなかで、客観的な目線で自分を見つめ直すことができました。カメラがちょっと上にいって俯瞰するような感じです。すると、岸田奈美、まだあかんくないよね。この状況を打開する方法があるはずだって思えてくるんです。そして、頼れるのにまだ連絡していなかった福祉制度があったなぁなどと、解決策が浮かんできました」
「もうあかんわ」の先にあった希望
岸田さんは、自身が辛い状況であっても、読者を楽しませることを忘れなかった。そこには、客観的に自身を見つめる“作家の眼”があった。
「極限の辛さと面白さって、多分、表裏一体だと思うんです。だって、映画とかでも、人生がうまくいってる人の話より、どん底でもがいている人の話の方が見ていたくなると思うから」
大変な日々を描いた話でありながら、思わず笑ってしまう『もうあかんわ日記』。その明るさの背後には岸田さんの思いがあった。
岸田奈美さん(左)と母・ひろ実さん(中央)と弟・良太さん(右)3人の家族写真
「うちの家がこんなに大変でギリギリな状況のわけがない。ここからきっと上がっていくはずだと思いながら、ずっともがいているんです。大変な状況ではあったのですが『何とかなるはずや』っていう確信はずっとありました」
なぜなら、お母さんが歩けなくなったとき(奈美さんが高校生のときに大動脈解離の手術の後遺症で車いすユーザーとなる)も何とかなったし、弟がダウン症で生まれてきても、いい人に巡り会えて何とかなっている。そんな経験値があるから未来への確信だけはあるんですよ。
だから、向こうの方にぼやっと見える明るい未来に辿り着くまで、ひたすらバタ足をしてもがき続けていました。嵐が過ぎ去るのを待つように『倒れずに過ごすにはどうしたらええか』を、毎日考えていましたね。