遠くから思ってた人にやっと思いが届いたみたいな気持ち
すべての取材に同行した衛藤キヨコさんの写真もとてもいい。店主の人柄や、この店の居心地はいいだろうなと思わせる空気感が伝わってくる。どの店も、客を入れない休業中であってもピカピカで、隅々まで掃除が行き届いているのがわかる。
本を読んで驚いたのが、お店の人たちがほとんど愚痴を言っていないこと。いまできることは何かを考え、従業員の雇用のために資金を確保し、黙々と手を動かしているが、もう少し怒ってもいいぐらいの大変な事態だったのではないだろうか。
「ぼくもそれはいちばん驚いたところですし、いまも驚いてます。やっぱり、たいした人たちなんですよ、酒場を長くやってきた人って。大勢の客を、ニコニコ笑ってもてなして、いっぱい苦労をくぐり抜けてきてるから。そういう強さが備わっているんですよね」
緊急事態宣言が解除されて、久しぶりに開けた店で従業員とお客さんが「生きてたー!」と喜び合ったり、休業中においしい弁当を買ったから一緒に食べないかとお客さんが訪ねて来たり。黒板にあるじがメッセージを書き、伝言ノートに客が何かしら返信を書くようになった店もあった。酒場にとって「死刑宣告」を受けるに等しい日々で、店と客が、おたがいの大切さを確認するような、忘れられない瞬間もさりげなく書き留められている。
大竹さん自身にとっても、ふだんは「白鷹、ぬる燗で」ぐらいしか話さない店主にじっくり話を聞くことのできた時間は貴重で、この本に携われたのは自分の財産だと言う。
「遠くから思ってた人にやっと思いが届いたみたいな、ちょっとドキドキする気持ち(笑い)。彼らの言葉を読んで、こういうところが好きでずっと通ってたんだよなと再確認しました」
そして、日常が戻りつつある酒場には、コロナ前に比べて、若いお客さんが来るようになったらしい。
「結構、いろんなところで聞きました。会社の飲み会も取引先との飲み会も禁止されて、嫌な飲み会に行かなくてよくなった若い人が、いい酒が飲めるいい場所があるらしい、ってことで来るそうです。
ぼくらのころは、酒場の扉を開けて足を踏み入れるまでに時間がかかったもんですが、いまの子たちはスマホを駆使して情報を集めますから、ひょいと入ってきて、『○○さん、今日、ぼくはブランデーを飲んでみたいです』なんて言うらしいんですよ」
【プロフィール】
大竹聡(おおたけ・さとし)/1963年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告代理店、編集プロダクションなどを経てフリーに。2002年、仲間と共にミニコミ誌『酒とつまみ』を創刊。著書に『今夜もイエーイ』『ずぶ六の四季』『酒呑まれ』『酔っぱらいに贈る言葉』、小説『レモンサワー』など多数。
取材・文/佐久間文子