生活を“ふつう”に送りたいだけなのに(写真/イメージマート)
小学4年生の時、注意欠如・多動症と自閉スペクトラム症の診断を受けた桐生青空(きりゅう・そら)さんは、パニックになると物を殴る上、自傷行為をしてしまうという症状に悩まされていた。高校生活を“ふつう”に送りたいと願う青空さんだが、2年生の8月、学校側から「合理的配慮が対応困難」であるとして、自主退学を促されてしまう。
2016年に施行した「障害者差別解消法」。公立学校に対し、障害者から「社会的障壁」を取り除いてほしいという意思表明があった場合、負担が過重でない時は社会的障壁を除去する「合理的配慮」を義務化した(2024年4月から私立学校にも義務化)。
しかし現場で問題となるのは、「負担が過重でない」範囲とは、一体どの程度なのか──ということだ。
発達障害と診断された人たちの実体験や、彼・彼女らを取り巻く社会に深く切り込み、日本の実像を炙り出した信濃毎日新聞社の連載「ふつうってなんですか?──発達障害と社会」をまとめた書籍『ルポ「ふつう」という檻』(岩波書店)より、一部抜粋して再構成。【全3回の第1回】
「自主退学」の勧告
2018年8月下旬の夕方、県南部のある県立全日制高校の会議室。当時2年生の桐生青空さん(20)と母親のなおみさん(50)、青空さんの兄の3人は、学校に呼ばれ、長テーブルを挟んで校長ら4人の教員と向き合っていた。約10分間、校長は用意した文章を淡々と読み上げた。内容は、青空さんに「自主退学」を勧告するものだった。
「青空さんのパニックに対する『合理的配慮』は対応困難で、生徒や教員の安心、安全が確保できない」
青空さんは小学4年生の時、注意欠如・多動症と自閉スペクトラム症の診断を受けた。パニックになると物を殴る上、自傷行為をしてしまう。
話し合いが始まって約30分。青空さんは椅子から立ち上がり、会議室を出た。なおみさんが後を追うと、駐車場の車の影で青空さんは自分の頬を拳で殴っていた。目の前でパニックを理由に退学を迫られ、自分を責めていた。
なおみさんは教師たちに向かって叫んだ。「こうなることは分かっていましたよね!」
元々の障害に加え、二次障害としての自傷行為が青空さんに顕著になったのは小学5年生の頃。学校での出来事で不登校になったのがきっかけだった。血が出るまで顔を殴り、腫れる。鼻や口から血がしたたり、シャツを染めた。
小学校高学年と中学では特別支援学級に通学した。志望した高校は不合格だったが、再募集で友人が受験する高校を一緒に受けて入学した。
高校の入学時には同校に診断書を提出し、突然予定と違うことがあったり、ストレスがたまったりすると自傷に走ることを伝え、クールダウンができる場所を求めた。同校は保健室の利用を認め、選択授業の教室も保健室近くにした。
1年生の時はパニックが7回。教員に暴言や唾を吐きかけてしまったこともあった。「自傷を見てショックを受ける生徒もいる」。生活指導の教師は、厳しさもあったが青空さんに冷静に話をし、パニックの対処法を一緒に考えてくれた。
だが2年生になると、異動で教員の顔ぶれが変わり、青空さんは教員の態度が厳しくなったように感じた。不安になり、自傷の回数も激しさも増した。7月の文化祭で、バンド演奏でギターを弾く予定だったが、仲間の一人が停学処分になった。上級生のバンドに加わることになって不安が増し、文化祭初日に自傷。出演できなかった。
翌週、なおみさんが学校に呼ばれ、主治医の意見も踏まえて対応を確認した。だがその後、青空さんは「死んでやる」と叫びながら頭を鉄柱に打ち付けた。これが自主退学勧告の引き金となった。家族が学校に呼ばれた8月。青空さんに「自主退学」を勧めた校長と教頭は、「職員が青空さんのパニックを抑えることができない」「全日制普通校の限界」と説明した。3時間半、押し問答が続いたが、結論は出なかった。
なおみさんは、教職員の人手不足で青空さんに合理的配慮ができない、という説明には納得できなかった。
「発達障害だから学校を辞めてくれと言われたのと一緒だ」