ネットの書き込みに傷つくこともあれば救われることもある(イメージ)
体が重く、風呂にも入れなくなった。スマートフォンを眺めていて目に留まった「弱者は死ね」という言葉が頭から離れない。死のうとして、夜、JR大糸線の線路に立った日もある。
踏みとどまれたのは、生きづらさを抱える人がネットに書いた悲壮な言葉のおかげだ。「このままだと誰かを殺める」「自殺を認める法律を作ってほしい」……。苦しんでいる人は自分だけではないと分かり、少しだけ冷静になれた。
2017年夏のある夜のことだ。明日香さんは入浴中、何かに憑かれたように暴れた。「なんで神様は助けてくれないの!」。一人、浴槽の中で泣きわめき、壁を殴り続けた。手から血が流れた。その血を見て、「深海の深淵にたどり着いた」ような気がした。頭の中が晴れ、「自分のままでいいんだ」と思えた。
半年後、自宅を出て、ひきこもりの当事者や治療者らが対話するプログラムに参加するまでに回復した。
2020年12月、明日香さんは子宮筋腫と卵巣のう腫が悪化し、自宅で大量出血した。自転車をこいで自治体の生活保護の窓口に行き、助けを求めた。一人の女性職員が病院に付き添ってくれた。この職員は、子宮摘出手術を受けて退院した後も気にかけ、支えてくれた。明日香さんは、人を信じる気持ちを取り戻した。
女性職員は「明日香さんは努力して生活をやりくりしている。今は別人のように表情が穏やかになった」と話す。
仕事も家族もお金もない、ひきこもりの自分。そんな自分を心から許し、過去の経験を「ギフト(贈り物)」だと思えるようになった。その訳を問うと、明日香さんはこう答えた。
「『ふつう』と闘わなくなったからかな」
(了。第1回から読む)
『ルポ「ふつう」という檻』(岩波書店)