江川を打ち砕いた勢いを駆って優勝を決め、胴上げされる近藤貞雄監督(産経新聞社)
「宇野が振ったところに球が来い」と祈る
この場面では「宇野、打ってくれ」と願うのは誤りだ。「宇野が振ったところに球が来い」と祈るのだ。
テレビ画面を凝視し続け、呼吸が浅くなり、酸欠気味となるなか、宇野は強振。
「あっ!」
なんと高めのくそボールを、しかも江川のストレートを大根切りスイングで振り下ろしたのだ。あにはからんや、打球は目の覚めるようなスピードでレフト線に突き刺さった。
立派なタイムリー。大仕事だった。宇野がこの流れを止めなくてよかったと、私はドサッと椅子の背もたれに体を預けた。心がホカホカして、その後のことはあまりよく覚えていないが、続く中尾もライト前に2点タイムリーを放ち、ついに同点に追いつくのだ。
ドラゴンズは勢いそのまま延長戦で大島がサヨナラヒットを放って巨人を粉砕。「怪物」江川だけでなく、クローザーの角盈男投手まで打ち砕く、完璧な一夜となった。
この試合で流れに乗ったドラゴンズは、この年、リーグ優勝を果たし、近藤監督を胴上げしたのだった。これぞ打って勝つ「野武士野球」の真骨頂だ。
2024年、パ・リーグのシーズンを制したソフトバンクは、とにかく桁外れのスターが揃っていて、それぞれが期待に違わぬ活躍をし、2位とのゲーム差を12ゲームまで広げるという驚異の強さを見せつけた。
そういう優勝もいい。いいんだけど、ちょっと、乾いているよね。
ドラゴンズの勝利には心を濡らす何かがある。というわけで、良質な喜びを大きな周期で与えてくれるドラゴンズからは、やっぱり目が離せない。ありがとう。ドラゴンズ。
その感動劇も、「強い巨人」と「怪物・江川」がいなけりゃ成立しなかったって?
知ってるよ、そんなこと。
黙れ、ジャイアンツファン。DA・MA・RE!
※『人生で残酷なことはドラゴンズに教えられた』(小学館新書)より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
富坂聰(とみさか・さとし)/1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授、ジャーナリスト。北京大学中文系中退。1994年、『龍の伝人たち』で21世紀国際ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。『中国の地下経済』『中国の論点』『トランプVS習近平』など、中国問題に関する著作多数。物心ついた頃から家族の影響で中日ファンに。還暦を迎え、ドラゴンズに眠る“いじられキャラ”としての潜在的ポテンシャルを伝えるという使命に目覚めた。