男性の精液検査(イメージ)
「人工的なやり方は嫌だ」
「人工的なやり方は嫌だ」「自然に授かるのを待とう」──。彼は、卵子凍結や体外受精など、生殖医療全般に抵抗感を持っていた。どちらが良い悪いという話ではなく、そう思うこと自体は仕方がないし、どうしようもない。話し合いは平行線で、彼からは「人工的な技術を使って生まれた子どもをちゃんと愛していけるか分からない」「人工的なやり方をするぐらいなら、子どもがいなくてもいい」という言葉さえ出た。
──その時、どんな気持ちだった?
「もちろんショックでしたが、そこで打ちのめされている場合じゃなかった。だから説得を続けました。“凍結保存している卵子は、今の私より若い”“精子をカップに出してクリニックで受精してもらう、それが一番妊娠できる確率が高い”って。彼に話しながら、なんて人工的なやり方なんだと自分でも思ったけど、背に腹は代えられないという感じでした」
──人工的なやり方は嫌、自然に授かりたいという彼の気持ちも分かるところはあった?
「それはもちろん。もともと私も、できれば自然に授かりたいという思いはありましたから。でもそれが難しいとなると、子どもを授かるには生殖医療を頼るしかない。それを何とか分かってほしいと、彼への説得を続けたんです」
その傍らで、じわじわと広がったのが、「私は彼に、なんて自分勝手な誘いをしてしまったんだろう」という後悔の念だ。もちろん最初のデートに誘った時、彼に対して好意を持っていたのは間違いない。ただ同時に、「私と結婚してくれる人がほしい」という気持ちで誘ったことも、また事実だった。彼への愛情が募るにつれ、自分の気持ちと願いを彼に押し付け続けていることを心苦しく思うようになった。
30代前半の彼は、自分から「子どもがほしい」とは言わないが、根っからの子ども好きなのは一目瞭然だった。彼が自分の口から「子どもがほしい」と言わないのは、倉田さんの年齢を気遣ってのことだと分かっていた。そういう優しさや配慮を持った人だから、愛情が深まっていったところも大きい。そんな彼が、姪っ子や小さい子どもと思いっきり楽しそうに遊ぶ姿を前に、「この人に、子どものいない生活をさせたくない」と心底思った。
私と結婚することで、もしかしたらこの人の人生は、子どものいない人生になってしまうかもしれない。もし私に子どもができなかったら、彼の子どもを残せない。もし彼の子どもを残せなかったら、私は、その後悔をずっと背負うのではないか──。その葛藤は、想像をはるかに超えて根深いものだった。
「ほんまに苦しかったです」
倉田さんは、当時を振り返って、遠い目で呟いた。