【著者に訊け】田村元氏/『風になった伝書猫』/角川学芸出版/1200円+税
いつもの通勤路や散歩道、そして多摩川の土手にも、ふと見れば様々な命が息づく。虫や草花や心洗われる出来事にも、私たちは忙し過ぎたり〈事情〉があったりして、気づかないだけだ。
だから田村元氏は、その出会いを本にした。題して『風になった伝書猫』。執筆から製本までを全て1人でこなし、多摩川沿いの書店に自ら売り歩いた手作り本は、やがて10軒の書店が版元になる形で商業出版化。さらに今年、本書が刊行されたというのが、出会いから10年に亘る大方の流れだ。
多摩川に暮らす野良猫の母娘〈ローラとエムちゃん〉に会いに妻と土手を訪れたある日。〈僕〉が段ボールに捨てられた3匹の子猫の処遇に困る場面から、物語は始まる。その先に驚くべき展開が待つとは、この時は彼自身、思いもしない。
田村氏の本業はミュージシャン。作・編曲家として大田区の自宅スタジオで制作に耽る傍ら、多摩川にはよく〈自由〉を求めに出かける。彼は書く。〈僕はローラの中に失いかけていた自由で躍動感溢れるロックライクな生き様を見いだしていたのかもしれない〉と。
「例えば僕は普段テレビをほとんど見ないんですが、時々ニュースを見ると悲惨な事件や汚い政治の話ばかりで、感性が鈍るんですよ。こんな時代に生きていると、無意識に五感を閉じちゃうところが皆さんにもあると思う。でも本当はイイ刺激だって山ほど転がっているんだと、使命感に駆られて10年がかりです(笑い)」
当初は音楽化や映画化も考えたがやはり限界があり、丸2年をかけて書き上げたこの実話小説を手に出版社を回るが、結果は35社全敗。やむなく自宅のプリンターで印刷し、裁断機を買ってきて製本までやってのけたという手作り本の、出来がまたいいから驚いてしまう。
「初めて売り込みに行った東急・矢口渡駅前の『たま書店』の御主人は、『これは1000円で立派に売れる本です』と言ってくれ、結局手作り本の段階で213部が売れた。そして京急・穴守稲荷駅前『羽田書店』を納品に訪れた際、東京都書店商業組合青年部現会長で港区南麻布『小川書店』の小川頼之氏が『こういう本こそ本屋で出したい』と言ってくれたのが、次の段階に進むきっかけでした」