その小説化作業は、ある女性の思い出をも甦らせた。若き日の同棲相手〈ゆかり〉(=他界した彼女)である。些細な喧嘩が元で別々に暮らし始めたころ、彼の部屋を訪れては物言いたげな表情で佇む猫がいた。その後、よりを戻した彼に彼女は言ったのだ。〈その猫は私の伝書猫よ。あなたは帰ってきたもの〉と―。
「彼女のことやスパッツおばさんたちとのやり取りも全て実話。非科学的で胡散臭く映るかもしれないけど、全部ホントのことなんです。なぜ売れたか? それは僕が知りたいくらいですが、やはりこんなオヤジの挑戦を面白がってポスターまで手作りしてくれた本屋さんの熱意や、変化を恐れないロックスピリッツのおかげだと思う。
僕は猫を見捨てなかった自分が偉いと言いたいわけじゃない。みんな事情がある中で精一杯生きているのは同じですからね。でも一歩踏み出せばこんなにも素敵な出会いがあり、まだまだ何があるかわからないなって、今年58になる僕自身、思うんです」
猫との出会いが思い起こさせた、彼女をめぐるある神秘的な体験。負けず劣らず奇蹟的な、1冊の手作り本が辿った数奇な運命……。やはりこの世界はまだまだ、驚きと物語に満ちている。
【著者プロフィール】田村元(たむら・げん):1956年青森県生まれ。武蔵野音楽学院卒。1979年フォーライフレコードの新人オーディションで審査員特別賞を受賞し、1988年作・編曲家としてデビュー。特に香港ではアンディ・ラウ『愛在偶然』、ウィニー・ラウ『寂寞都有罪』等ヒット曲を手がけ、2000年には日韓合同ユニット「アジアン・ハーツ」を結成するなど内外で活躍。本作は2007年の電子出版、2011年の手作り本、2012年の「多摩川の本屋たち」版とも出版界の話題に。172cm、61kg、O型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年6月13日号