たとえばソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍が資本主義陣営の西ヨーロッパに機甲部隊と航空部隊で侵攻したとする。撃退のために核兵器を用いれば全面核戦争に発展するかもしれない。怖くてできない。となれば結局、戦争の形態は古典的なものにとどまる。二度の欧州大戦と同じく戦車や飛行機の多寡で勝敗は決着するだろう。

 ソ連の急激な通常戦力の拡大に西側は遅れをとっていた。核戦争でない大戦争なら東側が西側に勝つのではないか。米国はベトナム戦争で疲労困憊してもいた。

 そして1980年を迎える。米国はカーター大統領。ソ連に弱腰。同盟国への配慮も熱意を欠いていた。いざというときは西ヨーロッパを守りきれないかも、とまで言い出していた。

 それに清水は敏感に反応した。日本で「安保反対」と言わずとも、米国の方から「安保解消」と言ってきかねない。「平和憲法」に基づく絶対平和主義を掲げつつ実質的には米軍の力を頼むという虫の良い生き方を、日本はもう出来なくなるかもしれない。

 絶対平和主義から現実的平和主義へ。米国依存から自主独立へ。そのためには、核武装によって大国としての発言力を担保しつつ、ソ連軍の日本侵攻に備えて通常戦力の充実も速やかにはかり、日米安保体制が脆弱化していったとしても、日本の存続をはかれるように努める。米国を信じないナショナリスト、清水のたどり着いたヴィジョンであった。

 だが、清水のこの衝撃的見解はたちまち忘れ去られたように思う。1981年、米国の大統領はカーターからレーガンに代わった。米国の姿勢は大きく変化した。対ソ強硬路線が改めて追求された。日本の首相も1982年から中曽根康弘に。日米関係は緊密化した。ソ連の方は極端な軍拡の経済負担も要因になって崩壊に向かった。清水や、清水の敬愛したフランスの社会学者、レイモン・アロンが信じていたほどには、ソ連は強靭ではなかった。

 それから長い歳月を経た。いま米国は長い「対テロ戦争」の疲労を抱えて内向きになっている。1980年と似たところがたくさんあり、しかもレーガンのようなタイプの人物はなかなか現れないだろう。日米同盟の有効性も減じてゆく方向にあると思われる。

 日本よ、国家たれ! この名セリフは「改憲」と「反米」と「愛国」と「核」を強力に接着する。「清水幾太郎の時代」が再び巡ってくるのではないか。どうもそんな気がする。

【PROFILE】片山杜秀●1963年生まれ。思想史研究者、音楽評論家。慶應大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。慶應大学法学部教授。近著に『見果てぬ日本 司馬遼太郎・小津安二郎・小松左京の挑戦』。

※SAPIO2016年8月号

関連キーワード

トピックス

高市首相の発言で中国がエスカレート(時事通信フォト)
【中国軍機がレーダー照射も】高市発言で中国がエスカレート アメリカのスタンスは? 「曖昧戦略は終焉」「日米台で連携強化」の指摘も
NEWSポストセブン
テレビ復帰は困難との見方も強い国分太一(時事通信フォト)
元TOKIO・国分太一、地上波復帰は困難でもキャンプ趣味を活かしてYouTubeで復帰するシナリオも 「参戦すればキャンプYouTuberの人気の構図が一変する可能性」
週刊ポスト
福地紘人容疑者(共同通信社)
《“闇バイト”連続強盗》「処世術やカリスマ性」でトップ1%の “エリート模範囚” に…元服役囚が明かす指示役・福地紘人容疑者(26)の服役少年時代「タイマン張ったら死んじゃった」
NEWSポストセブン
世代交代へ(元横綱・大乃国)
《熾烈な相撲協会理事選》元横綱・大乃国の芝田山親方が勇退で八角理事長“一強体制”へ 2年先を見据えた次期理事長をめぐる争いも激化へ
週刊ポスト
2011年に放送が開始された『ヒルナンデス!!』(HPより/時事通信フォト)
《日テレ広報が回答》ナンチャン続投『ヒルナンデス!』打ち切り報道を完全否定「終了の予定ない」、終了説を一蹴した日テレの“ウラ事情”
NEWSポストセブン
青森県東方沖地震を受けての中国の反応は…(時事通信フォト)
《完全な失敗に終わるに違いない》最大震度6強・青森県東方沖地震、発生後の「在日中国大使館」公式Xでのポスト内容が波紋拡げる、注目される台湾総統の“対照的な対応”
NEWSポストセブン
安福久美子容疑者(69)の高場悟さんに対する”執着”が事件につながった(左:共同通信)
《名古屋主婦殺害》「あの時は振ってごめんねって会話ができるかなと…」安福久美子容疑者が美奈子さんを“土曜の昼”に襲撃したワケ…夫・悟さんが語っていた「離婚と養育費の話」
NEWSポストセブン
《悠仁さまとの差》宮内庁ホームページ“愛子内親王殿下のご活動”の項目開設に「なぜこんなに遅れたのか」の疑問 皇室記者は「当主の意向が反映されるとされます」
《悠仁さまとの差》宮内庁ホームページ“愛子内親王殿下のご活動”の項目開設に「なぜこんなに遅れたのか」の疑問 皇室記者は「当主の意向が反映されるとされます」
週刊ポスト
優勝パレードでは終始寄り添っていた真美子夫人と大谷翔平選手(キルステン・ワトソンさんのInstagramより)
《大谷翔平がWBC出場表明》真美子さん、佐々木朗希の妻にアドバイスか「東京ラウンドのタイミングで顔出ししてみたら?」 日本での“奥様会デビュー”計画
女性セブン
パーキンソン病であることを公表した美川憲一
《美川憲一が車イスから自ら降り立ち…》12月の復帰ステージは完売、「洞不全症候群」「パーキンソン病」で活動休止中も復帰コンサートに懸ける“特別な想い”【ファンは復帰を待望】 
NEWSポストセブン
「交際関係とコーチ契約を解消する」と発表した都玲華(Getty Images)
女子ゴルフ・都玲華、30歳差コーチとの“禁断愛”に両親は複雑な思いか “さくらパパ”横峯良郎氏は「痛いほどわかる」「娘がこんなことになったらと考えると…」
週刊ポスト
話題を呼んだ「金ピカ辰己」(時事通信フォト)
《オファーが来ない…楽天・辰己涼介の厳しいFA戦線》他球団が二の足を踏む「球場外の立ち振る舞い」「海外志向」 YouTuber妻は献身サポート
NEWSポストセブン