戦前の日本で巨万の富を得た企業家たちの行動力や発想力から、現代日本人の進むべき道が見えてくるのではないか──編著『戦前の大金持ち』(小学館新書)でそう説いた出口治明・立命館アジア太平洋大学学長が、歴史学者の奈良岡聰智・京都大学大学院教授と“歴史から学べるヒント”を語り合った。
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奈良岡:今回、出口さんの新著『戦前の大金持ち』を読んで、とても印象的だったことがあります。この本に登場する明治期の実業家たちは、それぞれ手掛けた事業も性格も全く異なっています。でも、そこには何か共通の精神性のようなものが感じられますね。
出口:はい。僕も彼らについて調べながら、同じ感想を抱きました。例えば、1920年代のパリで蕩尽の限りを尽くし、「バロン薩摩」と呼ばれた実業家で作家の薩摩治郎八。その彼が贅沢の果てに辿り着いた境地を知ったとき、思い浮かんだのが「ノブレス・オブリージュ」という言葉です。
奈良岡:社会的に高貴な者や財産のある者は、公に対する貢献の義務を尽くさなければならない、といった意味合いですね。
出口:そうです。薩摩治郎八だけではなく、日本の近代林業の基礎を築いた土倉庄三郎、孫文の革命に私財を投じた梅屋庄吉、相場師の山崎種二に至るまで、「自らの持つお金は公のために活かさなければならない」という強烈な意識をそれぞれの形で持っていました。
奈良岡:本の中でもお書きになっているように、明治期というのは、まだ国民国家としての日本のあり方が固まっていなかった時代ですよね。だからこそ、日本という国家のあり方、お金のつくり方、社会や組織と人間とのかかわり方も多様だった。様々なものが流動的で、動きながら固まっていく時代の雰囲気が、彼らの生涯からは確かに伝わってきました。当時の実業家たちが、かなり気軽に海外に出て行くことも特徴的です。
出口:まだ様々な制度が固まっていない時代だからこそ、時代の最先端の動きをキャッチアップしようとする際、彼らは驚くほど意欲的に「外」へ目を向けたのでしょうね。その姿勢は今の時代に生きる僕らにも、大いに刺激を与えてくれる気がします。