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虐待を受けて育った子どもの心の傷は大人になっても残り続ける(写真はイメージ)

警察や児童相談所には「単なる夫婦喧嘩」と

 最悪の事態です。

「どの程度の暴力ですか?」

「大体、1発です。時々、2~3発叩くこともあります」

「2人ともにですか?」

「そうですが、娘に対しての方が多いです。休校中は、娘が少し大きな声を出すだけでも、『うるさい!』と言って叩いていました。学校が始まってからも、主人が『片付けろ』と言ってもすぐにやらない時とか。あと、機嫌が悪い時は、娘がピアノを練習していると『うるさい!』って怒鳴って叩くこともあります」

 子どもにも暴力があるのを聞き、私は伝えなければならないことを裕子に伝えました。

「2020年4月から、児童虐待防止法が改正されて、親から子への体罰は法律で禁じられたことはご存じですか?」 

 私の質問に裕子は「知っています」と答えました。

 昨年、児童虐待防止法が改正され、しつけに際しての親権者からの体罰、監護及び教育に必要な範囲を超える懲戒が禁止となりました。「監護及び教育に必要な範囲を超える懲戒」とは、具体的に言えば、食事を抜く、外に出す、押し入れに閉じ込める、などです。この法改正により、児童相談所などの公的機関や私のようなカウンセラーは、親に対して、しつけであっても暴力はいけない、と説明する根拠を得られました。ですが、罰則規定はないため、児童虐待の減少に直接結びつくかは難しいと言えるでしょう。今後は、虐待する親に対する罰則を検討していくべきだと私は思っています。

 裕子が言いました。

「実は、児童相談所の方が家に来たこともあるんです。夫の怒鳴り声をご近所の方が警察に通報して、警察官が来て。その時は単なる夫婦喧嘩だって言いました。注意はされましたけど、それで警察の方は帰って、でも数日後、児童相談所の方が家に来て。主人と子どもはいなかったので私が対応したんですけど」

 警察から児童相談所に連絡が入り、児童相談所の職員が児童虐待を疑って、家庭訪問をした、ということです。警察から「児童虐待の疑いがある」と通告があったのでしょう。警察から児童相談所への連絡は「通告」と言います。

 警察から通告を受けると、児童相談所は必ず確認しなくてはならないので、多くの場合は家庭訪問をするのです。学校や保育園に子どもの様子を確認することもあります。

「お子さんのこと、聞かれましたよね?」

 裕子がその時、なんと答えたかは知っておかなくてはなりません。

「警察に言ったのと同じように、単なる夫婦喧嘩で、子ども達への暴力はないって言いました。そう言わないと、子どもを連れて行かれるって思ったんです」

 多くの人はインターネットの情報で、子どもを叩いていることがわかると、児童相談所に子どもを保護されてしまい、子どもは一生帰ってこない、というイメージを持っています。ですが、児童相談所は様々な調査の上で保護を決定するのであって、「叩いている」というだけですぐに保護になるわけではありません。一生帰ってこない、ということもありません。家庭訪問時の口頭注意で済むこともありますし、子どもを保護しても虐待の再発の危険がなければ、児童相談所は子どもを家に帰します。帰れる家があるのなら、親元に戻してあげたい。それが児童相談所の目的なのです。

 子どもを手放したくなくて、嘘をついてしまった裕子の気持ちはわかります。それでも、慎介の行動は児童虐待であり、放置すべきではありません。

「裕子さん、ごめんなさいね。私にも児童相談所への通報義務があることは伝えておきます」

 裕子にとっては辛い言葉とわかりながらも私は言いました。そして続けました。

「だからこそ、絶対に解決しなくちゃいけません。裕子さんへの暴力はもちろんですが、子ども達への暴力は絶対にやめさせなければいけません。相談に来てくださったので、通報はしませんが、続くようなら、考えなくてはならなくなる、ということは知っておいてください」

 裕子は小さく、わかりました、とつぶやくような声で言いました。不安にさせてしまっただろう、と思ったので、私は付け加えました。

「今の状態で、児童相談所が即保護、ということにはならないと思います。それにお子さん達を守るために私も頑張るので、一緒に頑張りましょう」

 私は子ども達の状態を知るために、さらに質問しました。

「お子さん達は、お父さんのことを怖がっていますか?」

「娘は怖がっています。でも主人は可愛がる時はすごく優しいのと、呼んでも娘が行かないとすごく怒って叩かれるのがわかっているので、機嫌をうかがいながら、ついたり離れたりしています」

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