夫には「山脇さんに話すなって言われてる」と
私は慎介に先に帰ってもらい、裕子と2人で話をしました。これで解決、なんて簡単なことでないのはわかっているからです。慎介が優等生的に返事をすることもわかっていました。むしろ、カウンセリングの中で自分の暴力の詳細を明かされたことに腹を立て、今日、裕子がまた被害に遭う可能性はありますし、今後は一切話すな、と口止めされる可能性もあります。
「いいですか? 今日以降、ご主人が逆上して、暴力を振るったら、必ず警察を呼んでください。口止めされても、1人で来た時は必ず本当のことを話してください。それから、カウンセリングで何を話したか問い詰められても、山脇さんに言わないように言われている、と言って話さないでください」
裕子を守るためです。彼女も言いました。
「私もそれを心配していました。今日帰ったら何をされるかわからないって。口止めもされるだろうなって」
さらに私は続けました。
「カウンセリングをしてもご主人が全く変わらなかったら、離婚を真剣に考えてください。地域の役所の女性相談窓口に行けば、お子さんを連れて逃げるのを手伝ってくれます。児童相談所に相談して、一時的にお子さんを預かってもらってもよいかもしれません。裕子さんが1人で生活できる準備が整えば、必ず帰してくれるから大丈夫ですよ」
「逃げる?」
「ご主人は、離婚に応じないでしょうし、実家に帰っても連れ戻されるでしょうから、逃げるしかないと思います。離婚調停には時間がかかりますから、弁護士も必要だし、その間の生活費も必要です。役所を頼れば、それもなんとかしてくれます。その選択肢は持っていてください。お子さんを守るためです」
裕子はしっかりとうなずいてくれました。
私はそれでも心配だったので、裕子には3日後に来てもらいました。
「カウンセリングに来た日は、明らかにイライラしていて、『何を話したんだ』って聞かれましたけど、言われた通り、『山脇さんに話すなって言われてる』って答えたら、それ以上は責められませんでした。机を叩いたり、ドアを大きな音を立てて閉めることはありますけど、今のところ暴力はありません」
安心しましたが、油断はできません。1週間おきに裕子には来てもらい、様子を聞きましたが、暴力の再発はないまま時間が過ぎました。
慎介には1か月後に来てもらいました。カウンセリング後の様子を尋ねると、笑顔で言いました。
「もともと、暴力なんてほとんど振るいませんでしたから、私は特に変わりません」
このまま、慎介はずっと暴力は認めないでしょう。それでも、実際に暴力を振るわなければ、それでいいのです。
その後、夫婦で3回ほどカウンセリングに来てくれています。今のところ、怒鳴ったり、机を叩いたりすることはあるけれど、暴力は振るっていません。裕子1人で来た時にも確認しています。慎介は本当に子どもを保護されるのが嫌なのでしょうし、離婚も嫌なのでしょう。けれどいつ再発するかわかりません。暴力は衝動によるものだからです。裕子は暴力がなくなっても、慎介には恐怖心があり、娘さんもまだ怯えているようです。
この後は、子ども達の気持ちも聞かなくてはなりません。その上で、今後、夫婦生活を続けていくのかどうか、裕子の気持ちを確かめながら、カウンセリングを続けていきます。
【プロフィール】
山脇由貴子(やまわき・ゆきこ)/1969年生まれ。横浜市立大学心理学専攻を卒業後、東京都に心理職として入庁。児童相談所に心理の専門家として19年間勤務。現在は家族問題カウンセラーとして活動している。
※女性セブン2021年4月8日号