英誌エコノミストが2021年9月に発表した世界の安全な都市ランキングで1位に輝いたのは、デンマークのコペンハーゲンだった。同市長は報告書で、安全な要因として犯罪率の低さ、そして社会的まとまりの強固さや比較的小さな貧富の差が特徴として挙げている。ちなみに、2019年に首位だったはずの東京は5位だった。この違いは、日本の社会や人に何か変化が起きていることのあらわれなのだろうか。俳人で著作家の日野百草氏が、ごく普通の人が突然「ヤバい人」に変貌する昨今の日常について考えた。
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「お前の顔、憶えたからな」
都内近郊の住宅街、路地で男二人が取っ組み合いになっていた。ひとしきりもみ合った後、筆者の姿を見るや一方の男性が先の言葉を相手の男性に吐いて足早に立ち去る。残された男性はひどく頭髪が乱れていた。彼に「大丈夫ですか」と声をかけると「うるせえよ」と小声で相手と別方向に立ち去る。何があったか知らないが、両方ともスーツ姿のごく普通の中年男性、筆者と同い年、いや少し上くらいだろうか。
こっそり見ていたのだろう、小さな戸口からマスク姿の高齢女性が顔を出す。
「怖いね、なんなんだろうね」
こんな閑静な住宅街、自分の家の目の前で背広のおっさん二人が取っ組み合いを始めたらそりゃ怖いだろう。
「最近ぶっそうですね、外に出たくなくなりますね」
女性は部屋着のまま出てきて顔をしかめる。どんなふうに物騒かと尋ねるが、とにかくぶっそう、とのこと。確かに日本の治安に対する不安、という意味で彼女は間違っていない。少し古いが内閣府の2017年調査「治安に関する世論調査」によれば治安が「悪くなったと思う」又は「どちらかといえば悪くなったと思う」は60.8%で、警察白書もそれを受け2018年度版で2012年調査と比較して「依然として相当の割合を占めている」としている。
「昔は安全だったのにね」
この感想は年齢を考えれば無理もないが誤りで、実際のところ日本の刑法犯認知件数は減少している。むしろ日本の治安はひたすら改善傾向を示している、ということになっている。しかし国民の意識は警視庁も認める通り6割以上が「治安が悪くなった」である。
「(喧嘩を)止めようとも思ったけど、怖くて」
それは正解で、絶対そんなことをしないほうがいい。あまりに酷い場合はすみやかに家の中から警察を呼ぶべきだ。彼らの事情は知らないが、とばっちりで何をされるかわからない。こんなところで会社のストラップを下げたまま喧嘩をおっ始めるなんてまさしく「ヤバい人」だ。