「やっぱりネットに晒されるのが怖いです。さっとスマホを出されて写真撮られて『憶えてろよ』と言われたときは本当に怖かったです」
これはコロナ前の話ということで、現在はほとんどのコンビニが遮蔽カーテンを設置しているのでこうした撮影は難しくなったかもしれない。それでもこれは冒頭のスーパーの話だが、品出し中に何の目的か撮影されたりもあるという。被害者はすべて若い女性店員。これを踏まえて都下のベテランコンビニ店長兼オーナーの談。
「店長は仕方ないけど、バイトに本名(の名札)なんていりませんよ。いまだにやってるとこは考え方が古いと思います。不特定多数と短い間のやりとり、会計するだけの関係にそこまでいらないでしょう。そもそもレシートに名前が出るのですから」
なるほどコンビニでは会計を担当したスタッフの名前が出る(業態や店による。番号の場合も)ことが多い。これもまた悪用されるらしく、今回の本旨ではないので割愛するが番号でいい気がする。警察官などは胸に識別章がついていて、あのアルファベットと数字の組み合わせで特定できるようになっている(署の事務方や免許センターの警官などは本名の名札の場合も)。警察官すら捜査上の問題とはいえ番号なわけで、そこまでしてアルバイトに本名の名札という過剰な「信用」の責を負わせる必要があるのだろうか。
「うちも自分で(好きな名前を)選んでもらってますよ。外国人スタッフもいるのでこちらから名づけたりはしません」
この店は先の下町のコンビニオーナー同様に本部の了解のもと偽名(ニックネーム)を許可しているという。外国人も同様で、その配慮は大事だろう。他者からのニックネームはセンシティブな問題で国籍や人種の差別につながる可能性がある。自分で日本人名を名乗りたいならともかく、外国人スタッフに日本人名をつけるケースなど大変危険だ。ちなみにベトナムのアルバイトスタッフは全員「ぐえん」と名乗るとのこと。ベトナムは半分近くの名字が「グエン」なのでこの点は便利だ。先の「さとう」とか「すずき」のようなものか。
ニックネームで何の問題もない
「一度名札が廃止されたんですけど、クレームで結局、元に戻りました」
こちらは飲食ではない販売店スタッフの話だが、上層部の英断で名札そのものを廃止したという。同じような取り組みは大手飲食チェーンでも行われたことがあるが、筆者が確認した限り結局元に戻った様子、この販売店スタッフの店舗もまた同じように戻ったという。原因はやはりクレーム。
「名前を出さないのは卑怯というお客さんもいました。正直、わけがわかりません」
なんだかSNSみたいだが、本部にチクるにしろ、ネットで晒すにしろ店員の本名が欲しいということか。あくまで一時の店員と客という関係でしかないのに。客が店員に「名前を呼んでお礼を言いたい」というケース(高齢者に多いとのこと)も別に本名である必然性はまったくない。
「みんなニックネームですよ、それで何の問題もありません」
ターミナル駅のおしゃれな飲食店はニックネームでみな可愛らしい名前がついている。メイド喫茶やコンカフェなどの源氏名と同じだろう。スタッフによればやはりプライバシーの問題とのこと、またスタッフに若い女性が多いこともあって店舗管理者以外はニックネームだという。業種や立場にもよるが、これで問題ないのでは。万が一のときはそれこそ店長や管理スタッフが出ればいいだけだ。コーヒーチェーン店のスターバックスなどはいち早く希望者には名札にニックネームを認めている。
本名を書いた名札を掲示することで仕事の責任感を持たせる意味や、客に信頼感を与える意味で常態化してきた店員の名札と本名表記、ネットで名前が検索できたり他者がその本名を書き込めたりする現代、この商慣習も社会全体で見直す機会が来ているのかもしれない。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)ジャーナリスト、著述家、俳人。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。著書に『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)他。