血圧、血糖値、コレステロール……。健康診断でそうした「数値」が基準を超えて受診を勧められ、医師に「薬を出しましょう」と言われれば、患者はそれに従い服薬を始めることが多い。
しかし、治療の出発点となる検査の基準値が“正しくない”としたらどうか。ムダで過剰な医療につながり、かえって人々の健康を損ないかねない。医療財政も圧迫していくことになる。
なかでも多くの人が囚われているのが、近年になって基準値が厳格化された「血圧」だ。2019年に改定された「高血圧治療ガイドライン」では降圧目標が75歳以上で140未満、74歳以下で130未満(いずれも収縮期=上)へと変更された。医学界の定めた基準が「厳しすぎる」と指摘するのは、東海大学医学部名誉教授の大櫛陽一氏だ。
「40年前に用いられていた厚生省の基準では180以上で『要治療』だったのに、2000年頃から日本高血圧学会が治療ガイドラインで年々血圧の基準範囲を引き下げました。従来は世界基準に準拠していた降圧目標も、近年は学会独自のものになり、性別をはじめ個人差を考慮する海外との違いも顕著になっています」
その背景にある、製薬業界から医学界への“働きかけ”も見過ごせない。
「現在、日本で使われる降圧剤の販売額1位はARBですが、そのうちノバルティス社のディオバンをめぐっては、2012年から2013年にかけて臨床試験データの不正・論文の改竄が発覚しました。同社が研究を支援し医学誌にも掲載された5大学の論文はすべて撤回されましたが、製薬企業にとって、不正をしてでも売り上げを増やしたかったドル箱とみられても仕方がないでしょう」(大櫛氏)
では、適正な「数値」とは一体どの程度なのか。
欧米の20倍の“異常”
大櫛氏が全国70万人の健診結果から検証したところ、男性は60代後半なら上が165まで、70代前半なら170近くまでが健康な人の「基準範囲」だと判明した。
「地域的な偏りなどが生じないよう、統計的手法に基づき、男女別・年齢別の『基準範囲』を算出した結果です。高齢者の血圧が高くなるのは老化による生理現象である以上、基準値は男女別・年齢別でなければ役に立ちません」(大櫛氏)
厳格な降圧剤治療を行なうと、人によっては過剰に血圧を下げてしまう場合がある。
「ふらつきによる転倒事故などのリスクが高まるほか、降圧剤によって心原性の脳梗塞になりやすいことが研究で判明した。薬がかえって死亡率を高める実態があることは、私が行なった福島県での大規模追跡調査などでもわかっています」(大櫛氏)