為信は津軽平野東南部、堀越の館に母とやってくる。その母は久慈備前守治義の元側室で、亡父の庶子にあたる為信は大浦城主と同じ久慈一族の血を引くだけに、〈そなたは大名の子じゃ〉〈天下を統べる大将軍になりなされ〉と発破をかけられて育った。
母が再嫁した堀越館主は城主の親族で、京の文化に通じ、話も面白い母を慕うおうらは為信とも幼馴染だ。が、現城主が病床にあり、おうらの弟達もまだ幼い中、婿候補は数知れず、その末端にいた彼は一計を案じる。そして晴れて婿養子の座に収まり、5代目城主・大浦右京亮為信を名乗るのだが、後から見ればその一計などほんの端緒に過ぎないのだ。
「かわいい策略ですよね。若い男女にありがちな(笑)。むろんそこは創作ですが、彼が婿に入ったのは事実で、母親の暗躍も本当らしい。そして後のブレーンや実働部隊も、この頃から徐々に集まってくるわけです」
「ああ、ここで彼を切るんだ」
義兄で家老の兼平中書や、情報に通じた小栗山左京。野伏の折笠与七や、旧友の塗部地新七や田中太郎五郎。さらには近江出身の論客・沼田面松斎と、天下を狙うには仲間が不可欠だった。
それでなくても北奥羽には南部宗家が君臨。その当主である南部晴政に阿りつつ、一戸から九戸まである支族の内紛を利用する為信自身、正妻に子が出来ず、一つ城を落とす毎に側室がまた一人と増えていくのだ。
「それもせっかく手にした領土を子孫に残すためで、別に好色だからじゃないと、為信自身が言っている(笑)。でも実際、そういうものだろうなあとも思うんですよ。後々為信はかなり親しい人間を身代わりにしたり、外したりするわけですけど、私としては『ああ、ここで彼を切るんだ』と思いつつ、事実を淡々と書くしかない。理不尽な命令にも流されるしかない人間を、『そうだよね、流されるよね』と思いながら書いているんです」