一般の会社員と変わらない刑事の出世争いと足の引っ張り合い、他県警を敵視したり見下したり……警察小説やドラマに見られる“あるある”が凝縮されたような事件が実際にあった。当時、マスコミ記者として取材に当たったジャーナリストの宇佐美蓮氏が「警察官もただの人だと示す事件」と振り返る、30年前の迷宮入り事件とはどんなものか。宇佐美氏が解説する。
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隣接する都道府県警同士の「力関係」
「天下の警視庁捜査1課が」──。筆者の質問に警察関係者は事件当時、何度もこう繰り返した。事件は1994年5月のゴールデンウイーク真っただ中に起きた。山梨県大月市の国道139号脇で5月3日朝、男性が頭から血を流して倒れているのが見つかった。男性は東京・八王子在住の50代タクシー運転手。山梨県警と警視庁は大月署に捜査本部を設置し、強盗殺人未遂容疑などで捜査を始めた。男性は4日後の7日に脳挫傷のため死亡。容疑は強盗殺人などに切り替えられた。
3日午前0時頃、男性は客を乗せた時に出す無線信号を配車センターに発信後行方不明となり、6時頃に山道脇の約3メートル下にあったコンクリートの上で意識不明の状態で発見された。運転していたタクシーは3日夜、客を乗せたとみられる八王子の飲食街からそう遠くない路上に乗り捨てられているのが見つかったが、計約3万5000円の売上金が入ったバッグはなくなっていた。
捜査は開始当初から少し様子が変だった。強盗などの凶悪犯を担当するのは全国どの警察本部でも「花の捜査1課」だ。しかし捜査本部には現場を管轄する山梨県警の捜査1課と八王子を所管する警視庁の「捜査共助課」が入った。
捜査共助課があるのは大規模警察本部に限られる。通常は凶悪犯の捜査を直接手掛けることはなく、指名手配犯の追跡捜査を専門とし、警視庁の捜査共助課はオウム真理教の特別手配犯を長年追い続けていたことで知られる。役割を細分化する人員的余裕のない山梨県警には、今も昔も捜査共助課はない。
ではなぜ警視庁では捜査1課でなく捜査共助課が担当となったのか。警視庁側から聞こえてきたのは「天下の警視庁捜査1課がわざわざ出ていく難事件じゃない」「県警内部で仲たがいしていてうちと連携できる状態ではない」との声だった。
警視庁と神奈川県警との確執を題材にした人気作家・今野敏の小説『隠蔽捜査』シリーズ5『宰領』が俳優・杉本哲太主演でテレビドラマとなるなど、神奈川県警は管轄地域の隣接する警視庁をライバル視しているとか、大阪府警と兵庫県警が反目しているとかいう、県境をまたぐ2つの警察機構が対立する設定の小説などの創作物は少なくない。
だが「天下の警視庁捜査1課」という表現が警察内部から漏れ伝わってきた事実には、警視庁側が山梨県警側を見下しているか、定員わずか約1700人の県警側が約4万5000人を擁する警視庁側の言いなりになっているかだと感じさせられた。