3つの要素が“そろい踏み”
「意見の食い違いがあった」──。今回の事件をめぐる県警の内幕を、こう明かされた時は少し驚いた。冤罪は見込み捜査が“直接”の原因となるわけではない。見立ては間違いないと信じ込んで行う虚偽の自白の強要、強引な取り調べが冤罪を生むのだ。
今でこそ取り調べの録音・録画が進み強引な取り調べは減ったが、大阪府警は今年4月、「犯人はあなたしかいない」と決めつけ誤認逮捕を犯しており、無くなってはいない。栃木県足利市で女児が殺害された足利事件で再審無罪となった人が虚偽の自白に追い込まれた平成初期には常態化していた。
今回の事件で大月署が当初から主張していた捜査方針は過去に無賃乗車トラブルがあった人達を「ひっぱってたたく」──つまり半強制的に連れてきて任意だが厳しく取り調べるというもの。当時常態化していた自白の強要につながる強引な捜査だった。
一方で別の県警幹部は「捜査の主導権争いなんていう大げさなものではなかったはずだが、強行犯捜査のエキスパート集団と、無賃乗車トラブルの情報を蓄積していた地元署の間に、多少の意見の食い違いはあったようだ」と後日、話してくれた。
ライバル関係と目された2人をそれぞれ神輿にかつぐ県警内部の組織間の意見衝突が、警視庁側に“仲たがい”との印象を与えたのだろう。結局、「所轄は黙ってろ」とばかりに署の主張はのけられ続けてAのメンツはつぶされ、Bが出世競争に勝利して県警刑事部で“たたき上げ”の頂点に上り詰めた。出世争いと警察機構間の不和、「ひっぱってたたく」強引な捜査手法をめぐる意見対立と、3つの要素が顔をそろえた強盗殺人事件は、それらの影響もあってか、迷宮入りに。現実は小説より奇なりだと痛感させられたのだった。
【プロフィール】
宇佐美蓮(うさみ・れん)/1960年代、東京都大田区生まれ。ジャーナリスト。元マスコミ記者で、警視庁や警察庁の取材に長く携った。著書に小説『W 警視庁公安部スパイハンター』がある。