パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム武装組織「ハマス」とイスラエルの激しい軍事衝突が、緊迫の度を増している。作家で元外務省分析官の佐藤優氏に、懸念される「最悪のシナリオ」を聞いた。
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日本では連日、イスラエル軍のガザ空爆で何千人もの子供や女性が死亡したと、パレスチナ側に同情的な報道が続く。ハマス側の論理は、「一般市民を標的にした非人道的な攻撃」というものだ。
だが、事態を正確に認識するためには、イスラエル側の内在的論理も知る必要がある。日本のメディアではこれがほとんど報じられていない。
衝突の発端は10月7日に始まったハマスによる奇襲攻撃で、英紙『ザ・テレグラフ』(10月12日付)はイスラエル側で少なくとも1600人が殺害され、数十人の子供が誘拐されたと伝えている。
私が元モサド(イスラエル諜報特務庁)幹部から直接得た情報では、イスラエル側のインテリジェンス(情報機関)は、モサドも、軍諜報機関のアマンも、治安・テロ対策機関のシンベトも、ハマスの攻撃の情報を掴めなかったうえ、軍は初動において攻撃を鎮圧できなかった。元幹部は「インテリジェンス、軍事作戦、政治の3つの面でイスラエルは深刻な過ちを犯した」と指摘している。
むしろ危険なのは北部
奇襲攻撃を受けたイスラエル政府は惨たらしく殺された乳児の遺体写真を公開。ネタニヤフ首相は激しく批判したが、ここからイスラエル側に内在する論理を読み取れる。
赤ん坊に政治的責任があるか? もちろんない。ではなぜ殺されたのか?
つまり、これはナチスと同様の「ユダヤ人だから殺してしまえ」という、民族や人種を理由にした“属性排除”だ。イスラエルは、ハマスがナチズム的な思想を行動に表わしたと受け止めている。
10月24日の国連安保理の閣僚級会合でも、イスラエルのコーヘン外相は「この虐殺は歴史に刻まれる。ハマスは新たなナチスだ。イスラエルにとってハマスを破壊することは権利ではなく義務だ」とはっきり述べた。
ハマスの構成員は約3万人だが、民主的な選挙でガザ地区の自治政府を握っている。自治政府の公務員、教師、医師などはハマスの構成員ではないけれども、イスラエルはこれをどう扱うか。
ここでナチスのアイヒマン裁判(注:アイヒマン裁判/第二次大戦後にアルゼンチンで逃亡生活を送っていたナチス・ドイツの元親衛隊中佐であるアドルフ・アイヒマンが、1960年、モサドによりイスラエルに連行され、エルサレムでかけられた裁判。「人道に対する罪」などに問われ、有罪・死刑判決が下された)を思い出してほしい。アイヒマンは、自分はユダヤ人虐殺に直接手を下していないし命令もしていないと主張したが、これに対してユダヤ人哲学者のハンナ・アーレントは「あなたは私たちがユダヤ人であるということを唯一の理由として地上から抹殺するシステムに関わった。役割が積極的か消極的かは本質的な問題ではない。私たちはそういうあなたと一緒に地上にいたくないと言うことができる。これが、あなたが死刑にされる理由だ」と反論した。現在のイスラエルはこの論理で動いている。