直近の3作が全て直木賞候補となるなど注目の作家、呉勝浩氏。その待望の書き下ろし最新作『Q』は、千葉県富津市の清掃会社で働く〈町谷亜八〉24歳と、同い年の姉〈睦深〉、そして圧倒的な存在感とダンスの才をもつ弟〈侑九〉という血の繋がらない姉弟を軸に、7年前の夏の日に何が起き、その秘密がどう3人を追いつめていくかに息詰まるような筆致で迫る、呉氏言うところの〈異様な情熱〉を巡る物語である。
ハチ、ロク、キュウと、横暴な父の支配下で互いを呼び合った姉や弟と、ハチが会うのは7年ぶり。東京で荒んだ生活を送る間、傷害で前科を負ったハチは、故郷に戻って地道に働き、特に弟とは二度と会わない約束だった。だが、久しぶりに連絡してきたロクはそのキュウが失踪した母親のことで恐喝されていると言い、かつて弟の未来を守るため罪に手を染めた彼女達の愛情はさらなる暴走を始める。〈おまえは輝け。太陽が嫉妬するくらい〉と。
「そもそもの着想としては、犯罪小説や事件物を書いてきた僕が、恋愛小説を書いたら一体どうなるのか興味があったんですよね。その時点で頭にあったのは吉田修一さんの『悪人』で、結果的にはそれが全然違う話になっていったんです」
〈調子にのんなよ、人殺し〉という先輩社員〈辰岡〉の暴言もよそに黙々と働き、つましくも真っ当な暮らしを守ろうとするハチにとって、月に2回のドライブは唯一の贅沢。祖父母宅に残るメタリックブルーのアウディA5を操り、アクアラインを疾走する間だけ、ハチは自由になれた。
だがある時、かつて自分を凌辱していた不良連中で唯一付き合いのある〈有吉〉から夕飯に誘われ、都内のクラブを訪れたハチは、そこで〈百瀬〉という名家出身の投資家を紹介される。そして時を同じくして呼び出しを受けたロクから、その正体不明の男の企みを聞くことに。〈百瀬は、キュウを自分のものにしようとしてる〉〈年末に芸能記者がきたそうよ。お母さんについて聞かせてくれって〉〈間違いなく、百瀬の差し金〉
後日、有吉と渋谷を訪れたハチは、街頭で踊るキュウの姿に〈快楽ととなり合わせの暴力〉すら感じ、ずっと動画を見るのも避けてきた弟と、徐々に距離を縮めていくのである。
書き始めた当初、「ハチは男性」で、ロクとキュウも「影すらなかった」そう。
「逆算ではなく順算というか、要はハチの話を頭から書きつつ、どうすれば面白い小説になるかを考えていきましたから。ハチには弟がいて、何か芸能に近い設定にしよう、それならダンスを文章で書けないか、そうやって模索した結果、行き着いたのがBTSでした。軽く1か月は彼らの動画を見続けましたね。
そして『ON』という曲を見た瞬間、これは凄いと心から思えたんで、その感動を作品に移植した。僕は技術云々より、その人が周囲に与える快感や影響の話を書きたかったので、まずは自分がそれを感じる必要があったんです。
ただその時点でも面白い物語になる自信は全くなくて、ボツにしたくなる気持ちと、何か書けそうな予感の間を行き来していました。それが、確かコロナの話を書いた頃です。そうか、俺は恋愛でも犯罪でもなく、現代の小説を書くべきなんだと、気付きを得たのは」