情熱が世界を動かす場合もある
物語は第二部以降、大きく動き、コロナで家も職も失った〈佐野勇志〉や、〈弟は殺された。亜八って奴にな〉と言って地元に舞い戻った凶暴な男〈椎名大地〉と出くわしてしまうロクの恋人〈本庄健幹〉ら、新たな視点人物も加えつつ、今や世界的に注目を集める〈Q〉の活躍とその余波が、残酷なまでに描かれてゆく。
注目は、その指先が何を手繰りよせ、見る者に何を与えたかなど、見えるはずのないものまで見えたかに思えてくるダンスシーンや、そんなQのおかげで自分は自分以上の自分になれたと信じ込む人々の姿だ。
例えばホームレス寸前でQの存在を知った佐野は、政府が配ろうとしたという〈お肉券〉や〈ブラック・ライブズ・マター〉のニュースをタイムラインで見ながら、〈なんでおれたちは、暴動をしないんだろう〉と疑問を抱き、一ファンからQの護衛スタッフになった。
また、会社を辞めて弟の事務所に入ると突然ロクから切り出され、同じ夢に乗ることにした本庄や、2021年の米議事堂襲撃の現場にいたトランプ支持者〈クロエ〉。そして一見冷徹で計算高い百瀬までが、本作では何かを妄信的なまでに愛し、異様な情熱を傾けるのだ。
「コロナや議事堂事件まで出した以上、むしろこれは今に至る自分達のモヤモヤを表現できる作品かもしれないなと思ったんです。当時感じた感染の恐怖とか、少なくとも日本では地下水脈に留まっていた陰謀論がマグマのように噴き出し、僕の知り合いまでもがQアノンになったりしたあの異様な雰囲気を、誰かがどこかに書いておかないとダメなんじゃないかと」
ハチやロクやファン達の信仰にも似た情熱は、当初目指したという恋愛小説とリンクしないでもない。
「〈嘘〉に関しても、真実なんて何の価値もなく、嘘を信じ合うことに価値があるとキュウが言うように、結局は誰の言うことを信じるかなので、7年前に本当は何があったのか、答え合わせもあえてしませんでした。そういう意味でのアンチ・ミステリーではありますね。
しかも僕は正直、異様な情熱を持たない人間は滅んでしまえって、百瀬と同じことを思ってますから(笑)。それが『ない人』は『ある人』には絶対勝てない以上、仮に彼らが世界を滅ぼそうとした場合、我々は平穏な日常を守るにも異様な情熱を必要とするという、逆説的な不安があるんです」