以心伝心も阿吽の呼吸も所詮は甘えに過ぎず、〈そんな呼吸はいらない〉と切り捨てた智子を始め、本作では思いは言葉にして初めて伝わるということを、1人1人が体現するかのよう。
「世界のミフネが終始無言で通す『男は黙ってサッポロビール』のCMや、高倉健さんの『不器用ですから』シリーズの時代とは違って、今はなぜ黙っているのか、理由を言わないと。察してくれって言われても困るし、〈不機嫌は暴力〉ですから。
もちろん健一や智子達も、あの時、こうしていればと度々思う。でも結局は何度やっても同じだという気も私はするんです。浜田省吾さんの『ラスト・ダンス』にもそんな歌詞があって、人間はその時々で最善だと思う選択をしている以上、同じことの繰り返しになる。後戻りはできないんですね。むしろ家電の進化が家族の形にまで影響したりする、時代と人の在り方の関係に私はとても興味があって、いいとか悪いとかではなく、もうそうなってますよねと、高梨家の選択も肯定的に書いたつもりです」
例えば不機嫌は暴力だと書くことでも人々の意識は何かしら更新されるかもしれず、誰もが不器用で言葉足らずで、それでも幸せに生きようとしてもがく姿を「あくまでも前向きなハッピーエンドとして」描いたという令和の家族の物語である。
【プロフィール】
伊吹有喜(いぶき・ゆき)/1969年三重県尾鷲市生まれ、四日市市育ち。中央大学法学部法律学科卒。出版社勤務やライターを経て、2008年『風待ちの人』で第3回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。『四十九日のレシピ』『なでし子物語』『ミッドナイト・バス』『BAR追分』『今はちょっと、ついてないだけ』『カンパニー』『彼方の友へ』等、直木賞などの文学賞候補作や映像化作品も多数。2020年『雲を紡ぐ』で第8回高校生直木賞。『犬がいた季節』で2021年本屋大賞第3位。157cm、O型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2024年5月31日号