「それまで若い人たちが見るオーディション番組はたくさんあったのですが、40代以上の人たちに向けたものはありませんでした。そこに新たな市場があると考えたんです。参加する若い人が昔の曲をいま風にアレンジして歌うことで、懐かしさもありながら、斬新な音楽にも聴こえ、それがあらゆる世代に響いたのだと思います」
奇しくもこの番組が盛況だったのは、日本と同様、韓国でも家にこもらざるを得ないコロナ禍真っ只中。ふさぎ込みがちだった心を明るく前向きにしてくれたという声も多かった。確かに、番組から生まれたヒット曲を聴いてみると、日本の演歌のように切々と歌い上げるというよりは、テンポのいい懐メロという感じで、リズムに合わせて自然に体が動いてしまうような楽しさがある。
「現在のトロットブームにより、40代以上の推し活の仕方にも変化が表れた」
と、韓国音楽事情に詳しい音楽ライターのまつもとたくおさんは言う。
「若い世代はK-POPを応援するとき、推しのTシャツを着て、ペンライトや旗を振って応援するのが定番でしたが、それを40代以上がトロット歌手のコンサートでやるようになったんです。韓国には40代以上の人で推し活を派手にする人が少なかったので、トロット歌手の出現により、『推し活ってこんなに楽しいんだ!』と気づいた人も多く、そこからさらにトロットフィーバーが加速していきました」(まつもとさん・以下同)
それが若者にまで浸透しているのはなぜなのか。
「日本でも昭和の音楽が平成以降に生まれた若い人には新鮮に映り、ブームになったのと同様に、韓国ではトロットが若者には新鮮に映ったこと。それにK-POPのスターたちがトロット好きであると発言したり、テレビ番組でヒット曲をトロットのアレンジで披露する中で、若者にも自然と受け入れられるようになったと思います」
そんな幅広い世代に愛されるトロットとはどんな歌なのか? 『サランイラムニダ』(2016年)で韓国デビューした、日本人トロット歌手・MARIKOが言う。
「トロットは、誰もが理解できる言葉で心情を描いています。私の歌は仲よしだと思っていた男友達から、ある日告白されて乾いた心に愛が芽生えたという歌ですが、このわかりやすさがトロットの魅力です」
もう1つ、トロットの魅力は、言葉の壁を超えて伝わるところだとチョンさんは言う。
「トロット歌手は声量があればいいというものでもなく、感情表現がうまい人がやっぱり人気です。特に韓国人は喜怒哀楽が激しく、悲しい歌を涙しながら歌うなど、歌に感情移入する人が多いんです。オーディションでも歌の内容や自分の感情をしっかりと表現する人が選ばれています。彼らの歌は、たとえ言葉がわからない人にも伝わるため、日本などほかの国にもファンが増えていると思います」