プロ野球審判を38年務め、史上19人目となる3000試合出場を達成した橘高淳氏。2022年に引退した(撮影/杉原照夫)
「ミスした自覚があると本当につらいです」
ちなみにNPBとMLBでは映像検証に大きな違いがある。MLBはニューヨークのオペレーションセンターですべての試合の映像チェックが行なわれ、そこで最終判定が決まる。一方、NPBではリクエスト対象となったジャッジをした審判以外の3人の審判がリプレー映像を確認し、それぞれに見解を示す。2021年までは全員の意見が一致しないと判定は覆らなかったが、今は3人の多数決で決めるようになった。
いずれにしても、常に一緒に行動している審判が同僚のジャッジを“再判定”し、場合によっては否定することになる。
「どちらとも取れる判定の場合は同僚のジャッジを支持してやりたくなるものです。でも、ルールはルールなので厳密にやるしかありません。リクエスト制度の導入で審判の権威がなくなるという声もあるが、最終的に審判団の総意で決めているわけですから、決して審判の権威が落ちるとは考えていません」
橘高も何度かリクエストを受けたが、自身が判定直後に“ミスジャッジではないか”と不安に駆られたことが2回ある。いずれも一塁塁審での内野ゴロの場面。打者走者の足が先だったとして「セーフ」をコールしたが、ビデオ判定で2回とも「アウト」に覆った。
「実はどちらのケースでも、リクエスト後に自分の記憶を巻き戻したら、(打者走者の)足がベースに届いていなかったんです。すぐに“ああ、やってしまった”と思いました。監督のリクエストを受けて僕以外の3審判が映像確認ルームに向かっていく。そこで僕は『確認するまでもない。自分が間違えた。時間の無駄だから、この場でジャッジを変えてくれないか』と提案したんですが、受け入れてもらえませんでした。
当該審判の私は部屋の外で待つのですが、待っている間にバックスクリーンで流される映像でスタンドが沸いている。どっちとも判断できるプレーならいいが、ミスした自覚があると本当につらいです(苦笑)。
実はその年のオフの審判の会合でも、『ジャッジミスの自覚がある場合、当該審判の自己申告で(映像を見ないで)覆したらどうですか』と提案したのですが、『リクエストは映像を見て確認する決まり』と却下されてしまいました」