宗教間の対立を超えて

 このイギリスのインド支配の第一歩と言うべきプラッシーの戦いでは、兵力のかなりの部分が「インド人傭兵」(シパーヒー)だった。イギリスもフランスも、まず「洋上から攻める」ので兵力は海軍中心になる。幕末の日本にやって来たのもペリー指揮下のアメリカ海軍だった。

 しかし、ゴアのような「点」では無くベンガル州のような「面」を確保するためには、どうしても多数の陸兵が必要になる。通常は本国から陸軍兵を艦艇で輸送するのだが、イギリスのインド攻略においては「シパーヒー」がイギリス陸軍に代わって尖兵を務めた。これがじつに不思議なことなのはおわかりだろうか? 日本の幕末にたとえれば、薩英戦争のときに薩摩藩を攻めたイギリス海軍に、カネで雇われた日本人浪人部隊が味方するような事態だということになる。

 実際にはそれは無かった。日本人はそんなことは当たり前だと思っているが、プラッシーの戦いを知れば決してそうでは無いことがわかるだろう。では、日本とインドはどこが違うのかと言えば、「宗教」である。日本は朱子学に基づく「尊王攘夷」教で国民は団結していたが、ムガール帝国にはイスラム教徒とヒンドゥー教徒の根深い対立があり、そこがイギリスの付け目だったということだ。

 日本の戦国時代に小国甲斐の大名武田信玄が大国信濃を攻略したのも、唐が「遠交近攻」で朝鮮半島を攻略したのも、同じやり方である。そして、これを知っていれば「インド大反乱」の画期的な意義がわかるだろう。イギリスにしてみれば「敵の敵は味方」だったはずなのに、そのシパーヒーが敵に回ったのである。裏を返せばイギリスの植民地支配がいかに過酷だったかということで、皮肉なことに「共通の敵」イギリスに対して「われわれは同じインド人」という形で団結が固まった。

 この大反乱の鎮圧に苦労したイギリスは、ついに国家が出てきた。反乱軍を撃破したイギリスはムガール帝国最後の皇帝バハードゥル・シャー2世を廃位し、一八七七年、イギリスのヴィクトリア女王がインド皇帝を兼ねると宣言しインドの直接統治に踏み切った。

 ちなみに独立をめざす「インド人」たちは、大東亜戦争をイギリスに仕掛けた大日本帝国の援助で一九四一年にインド国民軍を作り、イギリスが日本との戦争に消耗する間隙を縫って一九四七年に見事独立を果たすのだが、「共通の敵」イギリスを倒した途端ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立が表面化して、結局彼らはインドとパキスタンという二つの国に分かれた。

 いまでも両国は仲が悪いことはご存じのとおりである。宗教の対立というのは、それほど根深いものなのだ。

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