高齢者などは特に注意が必要
国民皆保険ががん手術を推進
同じがんでもサイズやタイプによっては、がんを取り去る「根本治療」が適切とは限らない。さらに、一般的に治療が推奨されるがんでも、年齢や患者の状態によっては放っておいた方がいいケースがある。内科医の名取宏さんが言う。
「がんの治療を受けた患者であれば誰しも、切除した部分の傷痕が痛んだり倦怠感が出たりと、何らかの形で生活の質の低下を感じることになります。そこには大きな個人差があり、長く臨床の現場にいた中で、治療をしない方が明らかに生活の質が高く、元気で長生きできただろうと感じた症例はいくつもありました」
室井さんは、特に胃がんや食道がんの手術は治療に伴う負担が大きいと指摘する。
「最近は放射線治療も進歩して、手術を避けられるケースもあるし、早期の食道がんや胃がんであれば、内視鏡手術ができ、さらに進行しても腹腔鏡や胸腔鏡による手術が可能です。にもかかわらず体への負担が大きい開腹手術が行われることもある。
特に胃や食道はがんが切除できたとしても、術後の後遺症で消化が悪くなり、満足に食べられなくなったり、発声が難しくなってコミュニケーションが困難になるケースが少なくない」
そもそも日本は国民皆保険制度で誰もが少ない負担で治療を受けられるため、海外よりも過剰治療が行われやすい背景がある。
「日本以外の先進国では、手術を行わずに放射線による治療も積極的に行われていますが、日本ではいまだに“がんが見つかれば切りましょう”が基本です。アメリカと違って手術費用が安いので、患者側も、医師の指示通りに手術を受けた方がいいという判断に傾きやすい」(室井さん)
新潟大学名誉教授の岡田正彦さんは、手術に加え、抗がん剤の一種である化学療法剤も体に与えるダメージが大きいと指摘する。
「特に古くから用いられている化学療法剤は副作用が強いうえ、がん細胞だけでなく正常な細胞にもダメージを与えるので、体への影響が大きい。世界的に使われている複数の化学療法剤の効果を比較した臨床試験のデータを調べたところ、投薬することによって最終的に寿命が延びた薬は1つもありませんでした。
不必要な治療を受けたがために、健康寿命を縮めてしまうことがあると知っておいてほしい。何もしない方が、少し元気に長生きできることもあるのです」
岡田さんによれば、海外では化学療法剤ではなく、がんの原因となるたんぱく質など特定の物質だけに作用する「分子標的薬」に置き換わってきているという。