では、この著書を私はどのように評価するかと言えば、大日本帝国の犯罪を告発する「検事の論告」としては評価する。しかし、それだけでは裁判は成り立たない。公正な「判決」を得るためには「弁護人の弁護」が絶対必要だからである。歴史上の出来事に対する評価も同じで、検事の一方的な断罪だけでは妥当な評価はできない。しかし、その点は著者も自覚していたようで、この本には次のような記述もある。

〈コロラド大学のジョイス・レブラ氏は『東南アジアの解放と日本の遺産』のなかで、アウンサンのビルマ独立義勇軍、チャンドラ・ボースのインド国民軍、スカルノのインドネシア郷土防衛義勇軍などを例にして日本の訓練した独立軍の存在が各国の将校団を育て、戦後東南アジア各国の政治エリートを輩出したことを明らかにし、東南アジアにおける近代的軍事組織を日本の遺産として客観的に評価しようとしている。また信夫清三郎氏の『太平洋戦争ともう一つの太平洋戦争』も、虐殺・ビンタ・労務強制のような旧植民地主義政策と独立承認・行政参加・軍事教練のような新植民地主義政策を分けて、日本の大東亜共栄圏にも新植民地主義が存在したとしてアジアの民族主義運動に対する日本軍政の触媒的役割を強調している。〉

 この部分は、著者の歴史学者としての良心を象徴するものだと言っていいだろう。この文章があるのと無いのとでは評価は天と地ほども違う。「弁護人の弁論」にも触れていることによって、一方的な論告では無くなるからである。ただし、この部分は三〇〇ページを超える本文のうち半ページにも及ばない。せめてこうした部分を全体の三分の一か四分の一程度でも触れていれば、私はこの本をもっと高く評価しただろう。

 しかし著者の主なる目的は、やはり大日本帝国の断罪らしい。たとえば「触媒的役割」という言葉がそれを示している。どういうことかと言えば、これにつづく部分で著者は、

〈大東亜共栄圏の日本軍政の意図せざる結果としての社会構造の変革、および戦後変革への主体形成への影響の問題は、日本軍の戦争責任を曖昧にすることなく明らかにされるべき問題である。〉

 と述べているからだ。私の個人的感想だが、そうお考えになるならば、なぜもっとこうしたところに紙幅を割かなかったのか。そうしたうえで、「触媒的役割」とか「意図せざる結果」、つまり言葉を換えて言えば、日本軍国主義はアジア各国の独立などまったく考えていなかったが結果的にそうなっただけだ、という「判決文」を書いたのならばまだしも納得できるのだが、ということだ。

 もちろん、私はそうは思っていない。

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