軍部に叩き潰された「王道」

 そのために、すでに当時マレーシア独立のために戦っていたモハマド・マハティール元首相が日本軍をどう思っていたかという証言を紹介したし、「中村屋のボース」ことインド独立の闘士ラス・ビハリ・ボースに対して一部の日本人がいかに熱い支持を寄せたかも述べた。

 私財を傾けて孫文の革命に莫大な援助をした梅屋庄吉も頭山満もこうした日本人の一人だが、彼らがアメリカの植民地からの独立をめざしていたフィリピンのエミリオ・アギナルドを援助していたことも忘れるべきではない。そして、政治運動家では無く実際の政治家で民族自決路線つまり植民地の独立闘争を支持していた最大の大物は、犬養毅だろう。

 犬養が五・一五事件で暗殺されたときの状況は前に一部紹介したが、ここで犬養が日本亡命中の生活の面倒をすべて見ていた人物を紹介しよう。それはフランスに植民地化されたベトナムの、王族の血を引く独立運動の闘士クォン・デ(1882~1951)である。

〈クォン・デは「王道をもって越南(ベトナム)の理想とする」(中略)と言って、犬養の批判を求めた。
 そこで犬養は、次のように述べた。「王道を国本とする。それはわしの生涯を一貫した理想じゃ。よくそれに気がついた。満州には日本の覇道が強すぎる。日本も王道などといっているが、武が文に勝ちすぎて、このままだと覇道も覇道、軍国主義に終る危険がある。困ったもんじゃ」。〉
(『犬養毅─党派に殉ぜず、国家に殉ず─』小林惟司著 ミネルヴァ書房刊)

 なんと、この訪問の翌日、犬養は暗殺されてしまった。悲嘆にくれたクォン・デは号泣して四十九日間の喪に服し、死ぬまで五月十五日の命日に墓参を欠かさなかったという。もちろん、冒頭の分類でいけば同じ方向(植民地解放)をめざす路線でありながら現役の軍人に犬養は暗殺されたのだから、それ以降こうした穏健な、植民地にされた人々の理想を尊重しつつ英米と戦うという「王道」は「覇道」を進める軍部に叩き潰された、と言えないこともない。

 しかし、これだけ大きな影響力を持っていた政治家の路線を支持する人々は決して多数派では無かったが、撲滅されたわけでも無い。そもそも【1】と【3】の路線の最終目的は同じなのだから、たとえ軍部であっても【3】の路線に共感する人は少なからずいたはずだ。「布引丸事件」を覚えておられるだろうか? フィリピンに関して日本は当時アメリカと協調路線を取り、独立運動には反対の意を示していたが、それでも一部の軍人たちは革命に協力するために民間人と協力し武器をアギナルドに送ろうとしたのである。

 そして、この時代を含めこれ以後の昭和二十年までの歴史を巨視的に見るならば、犬養毅暗殺によって【3】の路線が否定(撲滅では無い)されたように、【2】の路線も【1】の路線の支持者によって否定された。この【2】の路線のキーマンが海軍の山本権兵衛と齋藤実だ。

【1】の路線を貫こうとした桂内閣が大正政変によって崩壊した後、その路線を【2】の路線へ転換しようとした山本内閣は、軍部が内閣をコントロールできる「軍部大臣現役武官制」を廃止し袁世凱の中華民国も承認。「支那問題」は外交で解決する姿勢を示した。ところが、その担当者である外務官僚阿部守太郎が暗殺され、山本内閣自体もシーメンス事件で潰されてしまった。山本・齋藤は無関係であったにもかかわらず、だ。

 しかも二人が首相、海相を辞任した直後に成立した大隈重信内閣の八代六郎海相は、大臣権限で二人を予備役に編入した。まだまだ現役でやれる年齢なのに、要するに「クビ」にしたのである。この人事には当時まだ生きていた東郷平八郎元帥も反対したというが、八代には逆にシーメンス事件関係者(実際には関係していなかったが)を厳しく処分することによって海軍への信頼を取り戻そうという使命感があった。

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