「これは?」
「タバコの缶だよ。開けてみな」
入っていたのはタバコのクズのみ。新人警察官の顔が落胆に変わったのを、幹部は見逃さなかった。
「違法薬物では?」と疑いの目を向けられるが、
「タバコだって。缶に書いてあるだろう」と応じる幹部。
「違うと言っても疑ってるんだろう。だったらパトカーに戻って薬物検査をしなよ。検査キットがあるだろう。やればわかるから、やってみな」
「では、パトカーまで同行してください」と新人は缶を持って歩き出す。炎天下に立っているより涼しいパトカーの方がマシだと、幹部も歩いた。
しばらく待つと助手席に座る新人が、バツの悪そうな顔で振り向いた。
「タバコって蓋に書いてありましたね」
「だからそうだって言っただろう」
もしこれが違法薬物だったなら、その場で現行犯逮捕だ。声を荒らげて暴言を吐いたり、手を出してしまえば公務執行妨害でこれも現行犯逮捕される。顔見知りの刑事ならいざ知らず、ヤクザにとって職質をかけてくる警察官には注意が必要なのだ。
パトカーを降りようとする幹部に新人が「署まで同行してもらって尿検査はダメですよね」と聞いてきた。
さすがの幹部もこれには呆れた声を出したようだ。
「それって人権侵害じゃないの。車から何にも出なかったよな。大麻でも出たなら、オレはいくらだって協力する。だけど何も出ないのにそれはない」
職質をかけられる一般人は多くないが、ヤクザにとっては日常茶飯事。「顔にヤクザって書いてないのにな」と幹部は笑った。