渡蒙した日本人女性教師たち

 じつはこの人物、通常の人名事典や百科事典には載っていない。私が経歴をまとめておけば、まず生没年は一八七二~一九三一年。生家はチンギス・ハンの功臣ジェルメの子孫というから、名門である。モンゴル語、中国語だけで無く、チベット語にも通じていたという。その後所属するジョソト盟においても有力幹部となった。

 大阪で開かれた内国勧業博覧会を見学するために一九〇三年(明治36)に来日し、教育者下田歌子と会い女子教育の重要性を教えられ、帰国後ハラチン旗に「モンゴル史」初の近代女子教育機関である毓正女学堂を開校した。そして歌子の紹介で河原操子、鳥居きみ子ら日本人教師を招請し、近代的な女子教育を実践した。ちなみに、下田歌子は今度の新五千円札の肖像となっている津田梅子と並んで日本の女子教育の発展に貢献した重要人物なので、河原操子、鳥居きみ子とともに経歴を紹介しておこう。

〈下田歌子 しもだうたこ 1854-1936(安政1-昭和11)
皇室中心主義、国家主義の立場にたった女子教育者。幼名、平尾鉐(せき)。岐阜県出身。1872年から女官生活、79年結婚し退官。夫と死別後、81年上流家庭子女に純日本的教養を与える桃夭(とうよう)女塾を開設、賢母良妻の育成に努めた。華族女学校開設(1885)に参与し1907年まで皇女・貴女教育に従事。この間イギリスの皇女教育、欧米諸国の女子教育とともにその国情を視察し、1898年、婦人労働問題の未然の防止、国威をそこなう海外醜業婦問題の解決などを願って婦人大衆の教育を企図して帝国婦人協会を創設。貧困女性の教育機関として99年創立の実践女学校(実践女子大学の前身)は協会事業の一環だったが、実際には中・上流家庭子女の中等教育機関となった。1901年以降、この学校では清国女子留学生も受け入れた。(以下略)〉
(『世界大百科事典』平凡社刊 項目執筆者千野陽一)

〈河原操子 かわはら-みさこ 1875-1945
明治-昭和時代前期の教育者。
明治8年生まれ。女子高等師範(現お茶の水女子大)を中退し、郷里長野県で県立高女の教師をつとめる。下田歌子に師事し、その世話で横浜の大同学校の教師となる。明治36年中国内モンゴルのカラチン王家に家庭教師としておくられ、大陸における軍事情報もさぐって2年後に帰国。昭和20年死去。71歳。著作に「蒙古土産」。〉
(『日本人名大辞典』講談社刊)

 鳥居きみ子については普通の事典には掲載されておらず、これまでは夫の鳥居龍蔵の妻という形でしか紹介されなかった。しかし最近、ようやく「鳥居龍蔵夫人」では無く本人の事績に詳しく触れた児童小説『鳥居きみ子 家族とフィールドワークを進めた人類学者』(竹内紘子著 くもん出版刊)が出版されたので、それを報じた『讀賣新聞』の記事(「人類学 鳥居きみ子の功績」讀賣新聞オンライン2024/02/26 05:00公開。山根彩花記者)を紹介しておこう。

 記事によれば、きみ子は「音楽を学ぶため上京し、東京帝国大学の人類学教室に勤務しながら学んでいた同郷の龍蔵と結婚、子どもを生んだ。龍蔵や子どもとモンゴルに数回渡り、現地の人々の風習や、北方民族国家・遼時代の皇帝の墓などを調べた」ということだ。
 では、そもそも鳥居龍蔵とは何者か?

〈鳥居龍蔵 とりいりゅうぞう[1870-1953]
考古学者、人類学者。日本における人類学の先駆者の一人。徳島市に生まれる。正規の学生ではなかったが東京大学で坪井正五郎に師事し人類学その他を学び、のち同大学助教授になった。国学院大学、上智(じょうち) 大学の教授、中国の燕京(えんきょう) 大学客座(客員)教授も歴任した。鳥居は大正時代における日本考古学の指導者であり、またモンゴル、中国東北地区を対象とする考古学の開拓者であった。民族学の分野でも、千島アイヌ、台湾原住民(中国語圏では、「先住民」に「今は存在しない」という意味があるため、「原住民」が用いられる)、中国のミャオ族の調査、さらに数系統の構成要素からなる日本民族文化形成論の展開など、功績が大きい。鳥居の学説の多くは、今日ではそのままの形では支持できないが、示唆や刺激に富むものが少なくない。〉
(『日本大百科全書〈ニッポニカ〉』小学館刊 項目執筆者大林太良)

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