標高約3000メートルからのぞむ星空が、ボランティアの”報酬”でもある

標高約3000メートルからのぞむ星空が、ボランティアの”報酬”でもある(慈恵医大山岳部・桜木大さん撮影)

開設から74年、24時間対応の槍ヶ岳山岳診療所

 槍ヶ岳診療所は、戦後間もない1950年に「槍ヶ岳山荘」の協力を得て、慈恵医大山岳部によって開設され、今年で74年を迎えた。

 今季は7月21日から8月18日まで約1か月間開所され、慈恵医大付属病院や他の病院からのボランティアが交代しながら入所し、登山中に体調を崩したり、ケガを負ったりする人たちの救護を担っている。現地での対応が難しい症状の場合は、都内の慈恵医大付属病院にリモートで指示を仰ぐほか、警察などと連携してヘリコプターによる救助要請をすることもある。

 取材時は、前日に入所した国際山岳医の鹿野颯太医師、慈恵医大山岳部の学生2人と、この日登ってきた看護師2人による計5人の体制が敷かれていた。彼らは診察室と8畳ほどの居室からなる診療所に寝泊まりし、食事は山荘から無償で提供を受け、手が空いている時は山荘の手伝いもしながら24時間で対応する。記者も診療所で寝食を共にしながら3日間取材した。

 この日の午前中までに、不調を訴える登山客7人を診察した鹿野医師は苦笑いを浮かべながら語る。

「高山病や熱中症とみられる方、山頂から降りる際に転倒して軽い外傷を負った方などを治療しました。どなたも大事には至らず、本当によかったです。

 高山病とみられるうちの一人は小学生くらいのお子さんでした。シャイな性格なのか、何を聞いても首を横に振るか、うなずくだけで問診が大変で……。その子は翌朝4時にもう一度診察し、無事に下山していきました。想定外のことが起きてしまうのが山ですが、こうしたケースは予想していませんでしたね」

 幸いにも午後から翌々日までの患者はゼロ。天候にも恵まれ、落ち着いた時間が続いた。

 こうした空き時間には、医療従事者たちはパトロール中の山岳遭難救助隊の隊員らと共に登山客に声をかけて体調を確認するほか、診療所の屋根の上で布団を干し、山荘名物のプリンを食べて休憩することもあった。そして、夕方になると山荘の厨房やバックヤードを手伝い、宿泊客の食事の後で山荘のスタッフと一緒に夕食をとる。

 1年ぶりに再会する旧知の山荘スタッフとのおしゃべりも欠かせない楽しみのひとつだ。そして、日中は天候と時間によって刻々と変化する槍ヶ岳の雄大な姿を、夜は静寂に包まれた満天の星空を眺める。ボランティアの彼らにとって、山を愛する仲間との時間と絶景が唯一の報酬なのだ。

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