精鋭部隊の長から厄介者に

〈巴布扎布 バボージャブ 1875-1916
モンゴルの独立運動家。
内モンゴルの出身。辛亥(しんがい)革命後、全モンゴル独立をめざすボグド=ハーン政府の運動に参加。1915年キャフタ協定で外モンゴルにのみ自治がみとめられると、約3000の騎兵をひきいて独自行動をとる。川島浪速(なにわ)らの満蒙独立運動と連携するかたちで内外モンゴルの統一をめざすが、1916年10月8日中国軍との戦闘により戦死。42歳。バブチャプ、パプチャップとも。〉
(『日本人名大辞典』講談社刊)

 バボージャブは、そもそも日露戦争のときは馬賊の首領としてロシア軍の後方攪乱を担当するなど、その姿勢はきわめて「親日的」であった。なぜそうなったかと言えば、子供のころ彼が育った内モンゴルの「旗」に、清朝の政策によって漢人(=農民)が大量に移住してきたからである。内モンゴル人は羊のエサ場である草原を奪われ、困窮した。だから彼らは馬賊となって反清国のゲリラ活動に従事し、当然日清戦争で清国と戦った日本ともよしみを通じるようになった。

 ちなみに馬賊とは民間の騎兵集団で、もともとは集落の自衛のために生まれた組織だった。中国大陸は広く、清朝の末期は警察や軍隊もまともに機能せず、治安は乱れに乱れていたからである。この点、平安時代末期の武士が生まれたころの日本と似ているが、騎兵中心になったのは彼らが遊牧民で馬の扱いには慣れているからだ。また、そういう集団は完全な自由競争で出自は関係無く、優秀な人間がリーダーとなる。

 後に日本軍の手強いライバルとなる張作霖ももとは馬賊のリーダーだったし、その軍事顧問を務めた日本人・伊達順之助(伊達政宗の末裔)も馬賊のリーダーとなった。小説『夕日と拳銃』(檀一雄作)は、彼をモデルにした作品である。

 そうした時代風潮のなかで同じく馬賊のリーダーとなったバボージャブも、日本の幕末の志士のように個性的な魅力ある人物だったようだ。幕末にたとえれば、グンサンノルブは王族の出身だから徳川慶喜のような立場で、それに対して叩き上げのバボージャブは西郷隆盛かもしれない。佐幕か倒幕かの違いということだ。

 もっとも清朝を尊重する姿勢を維持していたグンサンノルブも辛亥革命で清朝が滅んだあとは、外モンゴルに誕生した「全モンゴル独立をめざすボグド=ハーン政府」に関心は抱いた。しかしバボージャブとの決定的な違いは、彼が喜び勇んで配下を率いボグド・ハーン(活仏ジェプツンダンバ・ホトクト8世)のもとに馳せ参じたのに対して、グンサンノルブは内モンゴルにとどまったことだ。グンサンノルブには守るべき旗つまり「領地」があった。この点も、遊牧民の常に拠点を移動する、という習慣を維持していたバボージャブとの決定的な違いかもしれない。

 しかし前にも述べたように、ボグド・ハーン政権はラマ教に由来する平和主義もあり武闘派では無かった。結果的には「内外モンゴルの統一をめざす」こと無く、中華民国およびロシア帝国とキャフタ協定(1915年)を結んでしまった。これは、簡単に言えば中露との妥協の産物で、中国もロシアもボグド・ハーン政権の完全な独立は認めないが、ロシアは中国の宗主権下におけるボグド・ハーン政権(=外モンゴル)の高度な自治を認める。その代わりに外モンゴルの経済権益を獲得する、というのものだった。

 肝心なことは、ここで外モンゴルと内モンゴルを統一した「大モンゴル国」を建国するという理想は完全に否定されたことだ。その理想を抱いていたバボージャブにとっては憤懣やるかた無かっただろうし、一方キャフタ協定を結んで事を荒立てたくないボグド・ハーン政権にとっては、バボージャブは頼りになる精鋭部隊の長から厄介者になったということだ。絶対に「中国人(漢民族)の支配」を受けたくなかったバボージャブは、それゆえに「約3000の騎兵をひきいて独自行動」をとったのである。

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