すでに述べたように、袁世凱は一九一六年(大正5)一月より新たに元号を「洪憲」と定め、国号を「中華帝国」とし自らは皇帝に即位する形を整えたが、このようなことは突然実現できるわけではない。事前の準備が絶対に必要だ。つまり一九一五年(大正4)、言葉を変えて言えばキャフタ協定が成立したころから、いずれ袁世凱は皇帝になるつもりだと日本も認識していた。

 この袁世凱の「ナポレオン計画」を察知した大隈内閣は、さっそく対策を練った。こうなれば「反漢・反中の精鋭部隊」を利用しない手は無い。孤立したバボージャブは日本に武器や食料の援助を求めたし、日本もこれに応じた。公式に動けないところは、川島浪速らが陸軍の意を体して動いたのは言うまでも無い。こうして、中国本体は清朝皇族粛親王善耆やハラチン右旗長のグンサンノルブの力を借りて「皇帝の首をすげかえる」にしても、内外モンゴルは日本の援助によって独立させるという方針が確立した。だから、この方針が「第二次満蒙独立運動」と呼ばれた。

 一九一六年に入って皇帝に即位した袁世凱に対し様子を見ていた大隈内閣は、袁世凱の野望が民衆はともかく知識人だけで無く軍人・官僚・地方政治家にもきわめて評判が悪いことを知り、ついに同年三月の閣議で「排袁」の方針を決定した。袁世凱政権を潰す、ということだ。もっとも、正面切って日本軍が中国軍に戦いを挑めば国家同士の正面戦争になってしまう。日本とは「無関係」な軍が動いてくれるのが一番いい。つまり、日本にとってバボージャブは切り札と言えないまでも、きわめて有用なカードに昇格したわけだ。

 バボージャブもやる気満々であった。袁世凱が失脚し中国が混乱すれば、間隙を縫って内外モンゴルの不満分子を吸収し、最終的な目的である「大モンゴル国」を建国することも夢では無い。

 ところが、思わぬことが起こった。あまりの国内の反撥に同年三月、しぶしぶ帝政を廃止した袁世凱が、一九一六年六月に五十六歳で急死してしまったのである。

(第1429回に続く)

【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『「言霊の国」解体新書』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。

※週刊ポスト2024年9月13日号

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